まず、前回ご紹介したように、「キーストーン」という用語は、元来、土木建設の用語だった。アーチ形状の建築物(窓、門、橋、トンネル等)を作るとき、それを構成する多くの石を互いに押し固めた上で、最後に頂点におかれる「要石」のことだ。頂上に鎮座して、周囲や下部の建材が崩れないようにする。構造上アーチの安定性を保たせる重要な要素だ。
また、キーストーンとともにアーチの安定性を構成する重要な石に「リングストーン」がある。これは、上からの重みを左右へ逃がし、全体を強く支える役割を担う、くさび形状の石や建材で「迫石」と呼ばれる。要石や迫石を1つでも取り去ると、アーチは崩れかねない!
このような土木技術用語を、生態学が流用した。例えばAという生物種が死滅すると、それを中心とした生態系が消滅してしまう場合や、逆にどこかの環境に運ばれたB種が起点となって新しい生態系が形成される場合、A種やB種はそれぞれの生態系の重要な役割を担う。そして、たとえ生物量や個体数が比較的少なくても、生態系全体に多大な影響を与える生物種は「キーストーン種(中枢種)」と呼ばれるようになったのである。
このように、ある分野における「なくてはならない」という特徴を表す概念を、別の分野の「なくてはならない」の喩えとしたり、ある構造において「なくなると崩壊する」という特徴を表す概念を、別の構造で「なくなると崩壊する」と類推させて、それらの特徴の理解と考察を深めるのである。
産業生態系におけるキーストーン企業、キーストーン製品
これらの概念を、さらにビジネスに適用してみるとどうなるのか。
【キーストーン(要石/中枢)】
この概念は、製品における「基幹部品」、あるいはサプライチェーンの「要所(チョークポイント)」やバリューシステムの「主価値(コアバリュー)」の役割に喩えられるだろう。“それ”を押さえられれば、市場動向や価格主導権を握ることができるのだ。かつて、インテルのCPUやマイクロソフトのウインドウズOSなどが、パソコン全体の生態系の中枢を占め、全体を主導していたことに擬(なぞら)えることができる。
これは人財においても同様に使えるだろう。まさに「キーパーソン」。あるプロジェクトにおいて、絶対に欠かせない人財は、それこそ、「中枢/要人(かなめびと)」として位置付けられる。
【リングストーン(迫石/中核)】
この概念も、製品やビジネスの構造を考える時に有用だ。インテルのCPUの場合はそれを組み込むマザーボードがプラットフォームとして、この役割を担ったと考えられるのではないか。
人財で喩えれば、「上からの重みを左右へ逃がし、全体を強く支える役割を担う」というのは、地味だけど組織に欠かせない有能な中間管理職のイメージを彷彿させる。あるいは、まさに派手なカリスマリーダーの下で、しっかりメンバーをまとめ上げる軍師的補佐役のイメージだ。例えば、ホンダの本田宗一郎を支えた藤沢武夫や、ソニーの井深大を支えた盛田昭夫といったイメージかもしれない。実はこちらの方が、要石より「肝心要」な場合も少なくないのである。
かつて、昭和の総合電機メーカーは全てを自前で賄おうとしていた。例えば、日立、東芝、三菱電機。あるいは系列化した自動車メーカーも、ティア構造全体で全てを賄おうとしていた。だが今や、ある価値を形成する産業生態系を、一社や一グループで賄えることなどありえない。
ある産業生態系を成立させようというときに、その中の「要石」や「迫石」が何なのか、そのデザインができなければならない。そんな考察を行うときに、こんなメタファーとアナロジーを使ってみてはいかがだろうか?
キーストーン人財を育成・確保する
もう一つ、最近よくお話をする別の例をご紹介しよう。
生態系は第1段階においては、「易分解性有機物(利用し易い資源)が豊富な環境では〝資源獲得効率〟が高い生物種が優占する」という。
これを産業生態系に置き換えてみると、「資源大国との貿易が可能な国や企業は〝資源獲得効率〟が高いので繁栄する」となるだろう。戦後、輸入と加工貿易で発展した日本がまさにそうだった。
生態学では、その上で第2段階に移行すると述べる。「易分解性有機物(利用し易い資源)が不足し、難分解性有機物(利用し難い資源)を利用せざるを得ない環境下では、従来の〝資源獲得効率〟が優占していた生態系から、増殖速度が遅いかもしれないが、〝資源利用効率〟が高い生物種による生態系に遷移する」。
これまた産業生態系に置き換えると、「利用しにくい資源(再生材料や廃棄物化しているモノなど)を利用せざるを得ない国や企業でも、〝資源利用効率〟を高くすることにより、次第に勢力を増して、従来の資源大国や資源メジャーに対して産業生態系の主導権を取って替われる」と言えそうだ。
つまり、「資源獲得効率型」企業は「資源獲得効率性の追求」で産業上優位になる一方で、「資源利用効率型」企業は「資源利用効率性の追求」で産業上優位になる、ということだ。そして、「資源獲得効率型」が優位だった時代の次には、「資源利用効率型」が優位な時代が来ることが期待できるのである。
このメタファーとアナロジーは、今後は〝資源利用効率〟が勝負を決めることを示唆し、資源で苦労してきた日本の企業や産業に希望と期待を持たせるだろう。そして、このことは「資源生産性」と「使い続け(ユースの延伸とリユースの繰り返し)」と連動するはずだ。線形経済から循環経済へのバトンゾーン(移行期)で両者は併走し、その関係は相互補完的になると考えられるのだ。
このように考えると、循環経済型ビジネスにおいて「資源利用効率型」企業を志向することは戦略的に正しいのではないか。つまり、循環経済とは、ビジネス的に大いに期待できる経済モデルととらえるべきなのだ!
ちなみに、このメタファーとアナロジーは、日本古来の「見なし・見立て」と親和性が高いと私は考えているのだが、それはまたの機会に。































