当時は85年9月プラザ合意後のドル高是正の最中にあり、その後円は一段と強くなった。一方、今回は2011年10月31日につけた戦後最高値だった1ドル=75円52銭から円安の進行過程で起きている。
介入初日4月30日、円は160円19銭でスタートし、5月1日には155円50銭まで高くなった。ところがはやくも6月上旬には1ドル=160円台に押し戻された。24年にも4月から7月にかけて円買い介入が実施されたが、このときも円安是正とはならなかった。
介入の効果はほんの一時であり、結局は一時的にドルを安く(円高)することで、政府・日本銀行は投資家に絶好のドル買いのチャンスを与えていることになる。
円ドルレートが物価差、金利差、成長率格差など経済的ファンダメンタルズ要因によって決まっているのであれば、そこから乖離しているときの介入は期待した効果が生まれる。典型的なのは85年9月のプラザ合意であり、ドル高是正は日米の思惑以上に進んだ。
当時日米間で「一物一価の法則」が概ね成り立っており、円ドルレートは概ね日米の輸出デフレーターで計算した購買力平価(PPP)を基準に上下2割の範囲で変動していた。ところが、21世紀になると、円は日米同盟の強化に比例して弱くなる構造が出来上がりつつある。
米所得収支2年連続赤字の「今」
1970年代から日米間の懸案事項は日本の対米貿易黒字問題だった。86年までは円はPPPより最大2割ほど割安となり対米黒字が増加していた。それを是正すべく、米国は貿易交渉で円高圧力をかけてきた。
プラザ合意から10年後の95年には円はPPP気準より22%も強くなったが、大して対日貿易赤字は縮小しなかった。そこで、米国は95年に「強いドルが国益」へと180度転換した。「強いドル」でも米国の対日赤字は増えることもなく、円ドルレートはどちらに動いても日米貿易収支に大きな影響を与えなくなっている。円を決めるのはリアルエコノミーではなく「シンボル」となった。
シンボルとは、95年以降米国の「世界の投資銀行」化だ。日本などの経常収支黒字国の貯蓄超過額を、あたかも米国の資本とみなすことによって、米国は世界最大の所得収支を稼いでいるとの幻想を振りまいてきた。それが可能だったのは、低利の米国債利回りで世界から資本を調達し、欧州や南米などROE(自己資本利益率)の高い企業に投資していたからだった。
国債利回りは予想を織り込んだ実質経済成長とインフレ率で決まるが、その予想は大きく変動しない。一方、株式投資リターンの予想は貪欲さを反映して無限大に膨らむこともあり、容易に「シンボル」化する。そして貪欲さはときには幻想を抱かせる。
米国債利回りが上昇し、外国人投資家への利払い費が嵩むと状況は一変する。米所得収支が1910年代以来初め2024年、25年と2年連続で赤字となったのだ。その結果、米国は20世紀初頭から続いていた全世界の債権者、すなわち全世界のリーダーたる資格を失った。
日本の巨額の所得収支黒字を米国の赤字に加算すれば、日米同盟は世界一の所得収支黒字であることに変わりない。米国からみれば、日本の重要性は格段に上がっており、本来日本は米国に対して強い立場で通商・外交政策に望むことができるはずである。しかし現実は逆で、5500億㌦もの対米投資や防衛費の増額を要求するトランプ政権を日本は拒めない。
安全保障問題に翻弄される円
幻想が覚めると、アメリカ・ファーストの対外政策は、米国にとって一段と日本と一体化することを意味する。
米国発祥の新自由主義者が言う「自由市場」とは、政府など外部からの干渉がないことを指しており、政府は「市場」が決める「公正」な価格、例えば国債利回りや為替レートを無視できなくなる。その象徴的な事例が2022年にイギリスのトラス首相の積極財政に市場が反旗を翻し、わずか49日で退陣を余儀なくされた「トラスショック」だ。
20世紀半ばに、経済学は公正な価格とは何であるかを判断することを放棄し、その判断を「市場」に委ねた。新自由主義者はその忠実な信奉者だ。そうなると市場で決められたドルが強いのは「正義」となり、弱い円も「正義」ということになる。
1995年を基準として2026年1~5月の主要国通貨の増減率をみると、最弱通貨が韓国ウォンの38.9%下落、次いで円の35.3%下落となっている(図)。日本と韓国に共通するのは米国安全保障の傘下にある点である。

その米国はロシアのウクライナ侵攻以来4年以上経過しても未だ和平交渉をまとめられない。今年2月28日には米軍はイラン攻撃に踏み切り、戦争の当事者となった。
ロシア侵攻の前年である21年の平均為替レートを基準にして計算すると、主要国で最安通貨は円(26.7%下落)、ついで韓国ウォン(14.0%減)となっている。新自由主義者が政府の干渉を排除し、「市場は正しい」と主張しているうちに、皮肉なことに円は政治が決める安全保障政策に依存度をますます強めている。
弱い円が日本国民を苦しめていることも「正義」だというのは倒錯だ。































