2025年7―9月で1バレル60㌦台だったWTI(West Texas Intermediate)原油先物価格は、米・イラン間で停戦交渉がまとまらずホルムズ海峡の事実上閉鎖により9月になって一時100㌦を超えた。消費者物価(総合)は今年になって2.0%を下回っているが、今後原油高の影響で上昇する可能性が高い。日銀は中立金利の上限に向かって利上げを継続的に実施するものと予想される。
実体経済との関係でいえば、実質10年国債利回りが重要だ。実質利回りとは10年国債利回りから消費者物価増減率を控除したもので、中長期的には潜在成長率と等しくなる。この関係が成り立つのは攪乱要因(例外状況)がない場合だ。しかし、攪乱要因が相次いでいる。2020年に世界中を恐怖に陥れたコロナパンデミックがそうであり、ようやく収束したと思ったら、2022年2月にロシアのウクライナ侵攻が始まった。今年2月には突然、米国とイスラエルがイランを空爆した。
1980年代半ばにピークだった日米独の実質10年国債利回りは、2020年までの間に年当たり0.15%程度低下し、2020年には3ヵ国ともにマイナスとなった(図参照)。国債利回りは将来の見通しを織り込んでいるので、市場は潜在成長率がマイナスになると予想していた。実質利回りがマイナスとなったのは、日本で2014年から25年の12年間、ドイツは2015年から23年までの9年間、米国は2020年から23年までの4年間だった。
資本によるリアルの破壊
戦争は「例外状況」だと考えるのが普通だ。しかし、2022年から大国であるロシアと米国が相次いで戦争当時国となったのは偶然ではない。
潜在成長率がゼロになると予想されるのは、「収穫逓減の法則」が人類史を貫徹しているからである。そうなれば実物投資によって企業利潤率を高めることができなくなる。だからこそ、実質10年国債利回りがピークアウトした1980年代半ば以降、バブルが多発して、キャピタルゲインによる利潤獲得が顕著となった。いわゆるドラッカーのいう「経済のシンボル化」である。
バブルも戦争も資本の暴走だ。近代社会は神や国王を追放して国民を中心に据えた。国民を豊かにするには投資が必要で、投資が累積して資本となる。その結果、「資本」が神の座に座ることとなった。
人類史は『蒐集』の歴史だという。ジョン・エルスナー/ロジャー・カーディナルは著書『蒐集』で、「完全主義派」のコレクターは「あらゆる事例を所有することで存在そのものをコントロールしようとする。何としても唯一無二(ユニーク)でなくてはならない。その時コレクターは神さながらだからである。世界を創造した神にではなく、自ら創造したものを滅却しようと決めた神にそっくりなのだ」という。貨幣を蒐集する「完全主義派」のコレクターであるビリオネアは99%の人々の生活苦には無関心だ。
実質利回りが低下するプロセスではバブルが頻発に生じ、ゼロになると戦争が勃発する。ロシアが侵攻した2022年2月24日のNYダウは3万3223㌦だったが、2026年9月18日には5万1682㌦と1.56倍に、日経平均株価は2万5970円から6万5018円へと2.50倍となった。戦争は「買い」となったのである。
「例外」が「常態」となり、シンボルが主でリアルが従となる世界となった。
トランプはトラヤヌスの再来か
こうした状況は今回が初めてではない。トランプが「アメリカファースト」を掲げるのは、米国があきらかに世界のリーダーたる地位を維持できなくなっているからだ。
古代ローマ帝国の五賢帝の時代(96~180年)と同じだ。とくにトラヤヌス帝(在位98―112年)はダキア王国(現ルーマニア)、アルサケス朝パルティア(現イラン)のクテシフォン(メソポタミアの中心都市)に軍事侵攻し占領した。M・ロストフツェフは、トラヤヌスの諸戦争がローマ帝国一般市民に悲惨をもたらしたといい、「ローマの戦争が割に合い、勝利が征服者を富ませる時代は過ぎ去っていった。戦利品は、(中略)軍事行動の思い出費を埋め合わせるには十分ではなかった」のだ。
古代ローマの経済成長は土地と農奴の拡大に依存していたため、トラヤヌス帝の時代以降土地の取得に関して「収穫逓減の法則」から逃れることができなかった。154年に詩人アリステイデスは「ローマに」という有名な演説を行い、皇帝を讃えて「ローマは文明世界を統一した」と高らかに宣言した。しかし、現実には五賢帝最後の皇帝マルクス・アウレリウスの金庫は空っぽだった。
21世紀になって資本に関する「収穫逓減の法則」を打破すべくトランプはロシア・ウクライナ戦争の仲裁に熱心ではなく、はては自らイラン攻撃に踏み切った。戦争(略奪)資本主義への回帰であるが、その末路はローマ帝国で実証済みである。
帝国の版図拡大戦争のあと、特権階級が誕生する一方で、大衆には重い重税が課せられ、「音もなき帝国の崩壊」が始まった。ローマ帝国が属州に苛烈な負担を求めたように、トランプの戦争のツケは同盟国にまわされる。米国の衰退は世界を巻き込むため、米国一辺倒の外交は危うい。































