原油に関する日本の中東依存度は、オイルショック期に91%であった。オイルショックを受け、日本は中東依存度の引き下げを行い、1987年度には68%にまで低下した。ところが、直近の中東依存度は、何と95%。オイルショック前を上回る水準にまで上昇していたのである。

【日本の原油の輸入先(2023年度)】出典:資源エネルギー庁
【日本の原油の輸入先(2023年度)】出典:資源エネルギー庁


 本稿執筆時点で、ホルムズ海峡の状況は予断を許さないが、今回のイラン戦争はわれわれに安全保障の本質を教えてくれた。
 中東依存度95%が問題だったのは言うまでもないのだが、中東から原油を輸入できなかったとして、他の地域(例えばアメリカ)からの輸入で代替は容易ではない。原油の質が違う。中東は中質サワーで、アメリカは軽質スイート。原油には油種があり、種類によって生成が可能な設備もあれば、不可能な設備もあるのだ。
 さらには、ナフサの重要性。日本はナフサの4割を中東から輸入しており、4割が国内生産。とはいえ、国内生産4割の原料は、中東から輸入される原油なのである。結局、日本はナフサの8割を中東に依存していたのだ。
 原油は、精製という工程を経由しなければ、人類が利用することは不可能だ。原油を精製して石油製品をつくる工場を「製油所」と呼ぶ。日本には製油所が20ヵ所存在している。
 製油所に運ばれてきた原油は、蒸留装置や分解装置によって、ガソリン、灯油、軽油、重油などのさまざまな石油製品に生まれ変わる。高さが50㍍ある蒸留塔の中に、加熱炉で350度に熱した原油が吹き込まれ、沸点の差によって各種石油留分に分けられていく。
 原油から生成される石油製品の一つが、ナフサだ。ナフサがないと、日本はプラスチックが作れない。それどころか、合成繊維、合成ゴム、溶剤、塗料、接着剤、洗剤、医療機器など、われわれの生活は相当にナフサに依存していたのである。
 特に、プラスチック製品が作れないとなると、ペットボトルも、食品容器も、食品用ラップも製造不可能。生活の質が大きく後退することになるのは間違いない。われわれは、結局のところ原油の文明、あるいは「ナフサの文明」に生きていることになる。ナフサが存在しなければ、コンビニから「おにぎり」「サンドウィッチ」「お弁当」など、全てが消える。日本はコメの生産能力はあるが、小売店においてコメは「ビニール」で包装されて出荷されている。ビニールの原料は、もちろんナフサ。
 高市総理は、ナフサについて、「少なくとも国内需要の4ヵ月分を確保している」と、SNSに書いているが、これはナフサから作られたポリエチレン等の中間財(2ヵ月分)を含んでおり、ナフサ単体では2ヵ月分だ。
 原発の再稼働が遅れているため、日本の一次エネルギー(電力サービスの電源構成ではない)の使用は、石油が34.8%と、最も大きい。その原油(※原油を精製すると石油諸製品になる)について、特定地域に9割以上も依存してしまった。しかも、ホルムズ海峡やバブ・エル・マンデブ海峡というチョークポイントがあるにもかかわらず。
 ちなみに、供給側を見ると、現在、サウジアラビアやUAE、オマーンは、ホルムズ海峡を迂回する形で輸出ができている。それに対し、イラク、カタール、バーレーンは完全に輸出が不可能だ。改めて、チョークポイントは供給側にとってもリスクだったことが理解できる。とりあえず、サウジアラビアは40年前に、砂漠を横切り、紅海に抜けるパイプラインを建設した先人に感謝していることだろう。
 いずれにせよ、この状況を受け「カネ」を優先し、エネルギー安全保障の強化に努めないとなると、日本国に未来はない。エネルギーに限らず、安全保障は「あらゆる可能性」を考慮しなければならないのだ。
 そして、各安全保障は掛け算なのである。どれか一つでもゼロになってしまうと、全てがゼロ。結局のところ、安全保障は「資源」から「消費」に至るまで、全てのサプライチェーンに目配りしなければならないのだ。農業にしても、例えば「コメ」の生産ができたとしても、何らかの理由で消費地に届かなければ、国民は餓死してしまう。
 理由は色々とあるだろう。道路等の交通インフラがない。運搬車両がない。ガソリンがない。どれか一つだけでも「ない」になってしまうと、食料安全保障は成立しない。安全保障にはボトルネックがあってはならないのだ。