6月末に骨太の方針2026の概要がリリースされて以降、国債金利が上昇し、為替レートが円安に動いたということで、“骨太ショック”なる積極財政批判の猛烈なプロパガンダが始まった。つまりは、「国債金利を引き下げ、円安を止めるためには、骨太の方針2026の積極財政路線を緊縮財政に転換しろ」という話だ。「市場の圧力」を受け、緊縮財政を継続しろというわけだ。
 筆者は、別に市場における金融商品(株式、国債、為替など)の売買について、否定はしていない。さすがに、個人の信用取引は勧めないが、法律で禁じられていない以上、最終的には自己責任である。
 問題は、ファンドや個人の思惑、投機的な動きにより動く市場に「政策」が左右されてしまうことである。本来、金融政策や財政政策は、国民の主権に基づき、決定されなければならない。すなわち、有権者が投票で選んだ国会議員が決定すべき事項なのだ。それにもかかわらず、「市場」によって政策が変更されてしまうとなると、われわれは財政・金融主権を喪失したことになってしまう。
 前記は、別に日本に限った話ではない。アメリカのジャーナリストであるトマス・フリードマンは、市場に政府が動かされてしまう問題をゴールデン・ストレートジャケット(黄金の拘束衣)と名付けた(トマス・フリードマン著『レクサスとオリーブの木』より)。
 例えば、安倍政権期の首相の執務室には、日経平均のチャートが掲げられていた。安倍政権は(その後の政権も)、日経平均を「見ながら」政治をしていた可能性が濃厚なのである。
 株価は市場の思惑で決まる。その株価に政策が左右されてしまうと、これは深刻な問題だ。何しろ、株価が上昇したとしても、国民の実質賃金が上昇するとは限らない。実際に上がらなかったわけだが、株主の評価を受ける政策が、基本的には「費用削減」である以上、当然の結果だ。
 しかも、日本はGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、年金資金の運用に際し、株式のポートフォリオを増やした。となると、国民の年金も株価に依存することになってしまい、「政治家のみならず、国民も黄金の拘束衣を着せられることになる」と、フリードマンは指摘していたのだが、まさしくその通りになっていった。
 共通通貨ユーロはさらに踏み込み、加盟国から金融主権をECBに委譲させ、固定為替相場を実現した。すると、加盟国の国民には、金融主権はもちろん、財政主権もなくなってしまう。例えば、政府の積極財政に「市場」が反発し、国債金利が上昇したとして、日本のように、「中央銀行が買いオペを増やして、国債金利を下げる」ことはできない(※現在、日銀は国債買い入れを減額中)。
 日本はユーロ加盟国とは異なり、主権通貨国である。主権通貨国に対しては、市場は勝てない。勝てないのだが、なぜか「勝てる」ということになっており、メディアは「骨太ショックで円安! 積極財政はダメだ」といった論調であふれ返った。
 とはいえ、7月末の日米協調為替介入前の円安傾向は、実需(実体経済における両替)ではなく投機によるものだ。何しろ、日米協調介入を受け、ヘッジファンドは円の売り持ちを大幅に縮小した。アメリカ商品先物取引委員会が8月7日に公表したデータによると、先物・オプション市場におけるレバレッジファンドによる円の売り越し幅(要は円の空売り)は、およそ7割の減少となった。
 投機ではなく、実需で為替レートが動き、結果的に政策が変わるのも問題ではある。とはいえ、それ以前の話として、昨今の円安傾向は「ファンドの円売りポジション増加」によるものなのだ。まさに、投機である。ファンドの投機により、為替レートが変動し、結果的に財政政策が変わってしまう。これはあってはならない話だ。だからこそ、7月末の日米協調為替介入に至った。
 今回の日米協調為替介入では、アメリカ政府はドルではなく、外貨準備のユーロで日本円を購入した。ちなみに、通常の日米協調介入では、アメリカ政府はドルで為替介入を実施する。
 日本が「円安対策」をする場合、貯め込んだ外貨準備(1.4兆㌦。約200兆円)を用い、為替市場でドル売り円買いを行う。通常の協調介入の場合は、同時にアメリカが国債を発行し、ドルを調達。同じく為替市場でドル売り、円買いを実施する。
 為替介入に際した日本の弾丸は200兆円。アメリカの介入資金は、単にドルを発行するに過ぎないため、事実上、無限。日米両政府が同時に為替介入した場合、「市場」に勝ち目はないのだ。

【日本の外貨準備の推移(百万㌦)】出典:財務省
【日本の外貨準備の推移(百万㌦)】出典:財務省