2022年、国連で「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択された。自然が再び豊かになるように経済・社会・政治・技術等すべての領域で手を打とうという趣旨だ。その要点が生物多様性の急激な減少を逆転させる「ネイチャーポジティブ(NP)」である。
 現在、世界では環境経営上の重要な課題になっているが、実はそれだけではない。ネイチャー、「自然」と向き合うことは、ビジネスや産業の本流に関わる大きな意味をもつ。
 ただし、「自然」といっても、野生の生態系から人手が介在する里山まで、さらには、管理された公園や農地から極度に制御された盆栽に至るまで、その形態と機能は多岐にわたる。また、その背後にある「自然観」も西欧と日本では同じとは決して言えない。
 そこで、ビジネス新潮流の観点からNPを数回にわたって取り上げることにしよう。まず、NPに関する議論の基本を整理し、次に「自然」に関する概念的な検討をしていく。そして、人為的介入の度合い(作為度)による概念分類の枠組み等をご提案する予定である

ネイチャーポジティブの現在位置



 このNPの議論の前提は、サステナビリティ(持続可能性)だ。今や、この概念を唱えない企業はほとんどなくなった。だが、実際のところはどうか。特に大企業の統合報告書等を見ると、自社の持続可能性を述べるだけで、起点となるべき次の2要点について述べられていることは稀である。
①人類環境(地球自体ではなく人類の生存環境)の持続可能性
②豊かな生活の維持継続強化という意味での持続可能性
 これら2つを論じて、そこに自社事業が貢献するからこそ自社には持続可能性がある、という類の議論にはなかなかお目にかかれない。残念だ。
 さて、この①と②の持続可能性達成に必要な対策の基本は、相互に関係する次の3領域である。
[第1] 気候変動(突発的気象)と地球温暖化への対策:温室効果ガス(GHG)はCO2、メタン、フロン類などがあるものの、その対策効果が最も高いCO2を削減目標にした「カーボンニュートラル(CN)」が推進されている。
[第2]環境汚染問題と資源制約問題への対策:100億人まで人類が急増する時、環境汚染と資源制約は、人類の豊かさを保証できない。圧倒的な「資源生産性」が求められる。その本質に基づき、ビジネス等は「使い続け」を基本とした循環的再生の仕組みづくりが急務とされる。従来の外部経済と内部経済に分けた「線形経済モデル(LE)」は限界だ。そこで「サーキュラーエコノミー(CE)」へ移行する必要がある。その時、環境汚染の元凶であり、また石油等の資源制約(量的限界、経済安全保障)の下では、主たる循環対象はプラスチックとされる。
[第3]自然資本/生態系サービスの急減問題への対策:人類の生活と経済活動にとって極めて重要な自然資源を「生態系サービス」として捉えると、その急減が問題視される。過去50年の間に生物多様性は約7割喪失、人間の消費は地球が再生産しうる範囲を6割も超過している、という。そこで人類は生物多様性の加速度的な急減傾向(ネガティブ)を増加(ポジティブ)に転じさせねばならない。だからこそ、その中核は「生物多様性の回復(NP)」とされるのである。
 このように、「CN、CE、NP」は産学官公民の総力を挙げて促進すべき課題なのだ。いずれも、人類が地球資源を加速度的に使い続けて豊かさを求めた結果、かえって人類の生存自体を脅かす非可逆的な状況に至ったのである。すなわち、ツケが人類自身に戻ってきたと言えよう。

ネイチャーポジティブの定義



 NPは、国連で合意された「2020年を基準として、2030年までに生物多様性の喪失を食い止めて2020年相当まで回復させ、2050年までに完全な回復を達成する」という目標である(図)。
Nature Positive Initiativeによるネイチャーポジティブの概念図
Nature Positive Initiativeによるネイチャーポジティブの概念図

だが、具体的な議論は、絶滅危惧にある野生種の保存を論じるものから、人類による生物資源の持続的な利用を論じるものまで、多種多様だ。
 特に、生物多様性回復の必要性の理由自体については、まだ合意が形成されているわけではない。対象・目的・理由が多様であるためか、日本の産業界ではNPは「緑地回復」としてだけの消極的なものとして受けとめられている場合も少なくない。またCEとの関係性も明快に理解されているとは言い難い。
 さて、生物多様性といっても、生物はさまざまな形で互いに関係性を持つ。そこで国連は、生物多様性の観点を3つに整理している。
①種の多様性:種数やそれぞれの種の存在量の均衡も考慮した「多様度」として定量的に表すことができる。多くの在来種がいるほど、該当地域の生物多様性は高いとみなす。その国や地域以外で見られない在来種は固有種として、その重要度は高い。
②種内の多様性: 2つの意味がある。1つは同じ種における地域集団の多様性であり、もう1つは集団内の個性の多様性だ。地理的変異や個体群内にみられる変異は種内の多様性とされる。なお、遺伝的変異は遺伝子マーカーで定量的に把握することが可能だ。
③生態系の多様性:様々な種や環境要素がつくる生態系全体の多様性を指す。捕食関係、共生関係など生物間の関係性に加えて、化学物質や光などの非生物的な環境要素との関係性も含む。里地・里山のように異なる性質の生態系が相互に関係しているほど生態系の多様性は高いとされる。
 なお、これら3レイヤー同士の関係性に関する解明は、今後の科学に委ねられるとされる。
 いずれにせよ、3レイヤーを対象領域として、それぞれの多様性の回復を目指すことが、NPの目標なのである。 
(本項続く)