―― 昨春に上梓された『休養学』がベストセラーとなりました。
 片野 皆さん疲れてらっしゃるのでしょうね。そして多分、「運動」「栄養」「休養」が健康づくりの3要素というのはわかってらっしゃって、それに気を付けることで健康になろうというところまではいっていると思うんです。でも「運動」と「栄養」は学校で習ったけれど「休養」のリテラシーがないことが一番の問題で、疲れが取れないことに対してどうしていいかわからないのでしょう。そういう方々を私は休養難民と呼んでいます。
 ―― 一時的に疲れているだけではなく、慢性的に〝疲れている〟状態というのは、まだ病気ではないけれど、健康とは言えない未病と捉えられそうです。
 片野 未病は、病気に近い方の未病と、健康に近い方の未病に分けられます。では、その二つは何が違うのか。
 病気に近い方の未病は、自覚症状がないんです。でも検査をすると異常値が出る。「正常値の範囲を逸脱していますよ」と。健康診断で高血圧、糖尿病なんかが見つかるのがこれで、治療への道が開かれます。
 問題なのは、もう一方の未病、健康に近い方の未病のケースです。こちらは不調の自覚症状はあって、お医者さまに「すごく体調が悪いんです」と訴えるのですが、検査の数値が異常値まではいかないので「様子を見てください」と帰されてしまうのです。
 ―― 病気と認定される数値に悪化するまで治療を待たされるわけですね。
 片野 それもおかしな話ですよね。早期に対処して、健康に近い未病の状態を健康のほうにもっていくほうが、予防医学的にはとても大切なんですが、メディカルの専門家であるお医者さまが入り込めず、「自分自身でなんとかしてください」と、セルフケア、セルフメディケーションの範疇に。それって結局は本人に丸投げなんですよ。
 そうして投げ出された人たちがたどり着くのが、1978年の第一次国民健康づくり対策でうたわれた、運動と休養と栄養という三本柱です。運動は体育の授業で、栄養は家庭科の授業で学び国民全員が基本的なリテラシーを持っており、もっと学びたければ、大学に専門の研究機関もあって、そこで学んだり研究できたりする土俵があるけれど、残念ながら休養にはそれがないんです。
 だから、セルフメディケーションしなくちゃいけなくなった人たちが休養の情報を求めてさまよい、手に取っていただいたのが、私の本だったりしたのが今の現状。本の売り上げが伸びているのはうれしい半面、休養に悩みを抱えている人がこんなにいらっしゃったのか、さまよっている人たちがこれだけいらっしゃったのかと、休養についての啓発活動をする重要性をひしひしと感じているところなんです。

リカバリー協会設立へ



 ―― 片野さんはいつからは休養についての研究を?
 片野 私は現在、世界で初めてリカバリーウエアをつくった「ベネクス」という会社に所属。2005年の設立時からの立ち上げメンバーです。前職も健康関連の仕事で、その企業でも大学とのやり取りなどを担当するR&D( research_and_development:研究開発)の部署にいたことから、ベネクスでもR&Dを担当。いろいろな大学との連携であるとか、自分自身での研究をやってきたというところです。
 ―― 最近浸透してきた疲労回復を促進するウエアですね。
 片野 ええ、それをソリューションとして販売していこうとしたとき、そもそも休養とは何なのかがはっきりしていないことに気づいたんです。そこで私自身、健康科学部から医学部、そして運動科学、疲労科学などいろんな分野の研究機関、何人もの先生のところを渡り歩いてきた20年でした。
 ――リカバリー協会の設立は、そうした活動の中で?
 片野 そうですね。リカバリー協会ができたのは2015年です。設立時、私は代表ではなく理事として参加。19年から代表理事として活動させていただいています。というのも14年からドイツに行き、向こうでビジネスを立ち上げたりしていて、日本に帰ってきたのが19年なんです。
 帰ってきてからは、本格的にリカバリー協会で啓発活動をしなくちゃいけないと思いまして、20年間で多くの先生方との関係もできましたので、3年ほど前に「休養についての教科書が世の中にないのだったら、一緒に作ろう」ということで、28名の先生方との共同執筆による『休養学基礎』という本を出しました。その本は大学院でも実際に使っていただいたりしたのですが、専門的過ぎてわかる方が限られる。そこでもっとかみ砕いた内容のものをと、東洋経済新報社さんと『休養学』つくることになったのです。
 ―― 本の帯には、疲れた時は寝るのが一番、コーヒーブレイクするなど一般的に「休養になる」とされているものが、「違う」とあります。
 片野 「休むこと=睡眠ではありません」と書かせていただいたのは、「睡眠」にフォーカスが当てられすぎだと感じているからです。もちろん睡眠は大切ですし、一定時間の睡眠も必要です。でも週末をゴロゴロ寝て過ごした週明けに何が起こるか。ソーシャルジェットラグ、社会的時差ボケです。月曜日の朝、時差ボケ状態で仕事に行かなくちゃいけないことになるのは、休養に対するリテラシー不足からくる誤った行動によるものです。

休養サイクルを変える必要



 ―― そもそも、なぜ疲労感を抱える人が昨今増えてしまったのでしょう。
 片野 疲労とは、過度の肉体的・精神的活動の後の、活動能力が低下している状態で、そういう状態になった時の不快感が「疲労感」です。そして動物は、疲労と疲労感がいつも一緒に動いています。人間も動物なので、本来なら疲労感を感じてたら、回復するまで休んで待つという選択をするはずなのですが、幸か不幸か脳が発達したので、責任感とか、使命感、褒賞の喜びであるとか、ときにはドリンク剤とかで、疲労感をマスキングでき、活動を続けてしまえるのです。
 でもマスキングしているだけなので、生産性は非常に低い状態であり、仕事でミスするリスクもあるわけです。もちろん今の世の中、「あと3日がんばって乗り越えなきゃいけない」といったことはあるでしょう。でも長期間は無理です。しかし多くの方がそれを継続し、だんだん回復しづらくなっていく。
 ―― そうした状況に陥る人が増えているのですね。
 片野 普段の生活って、まず朝起きた時を起点に活動が始まり、疲労して活動能力が低下、休んで回復させ、また活動に戻ってという三角形で回っているというイメージだと思います。
 でも、調査をすると8割の方が「疲れている」と回答される。今の世の中、8割の方が疲れていらっしゃるんです。この三角形で活動しているのに疲れていると回答されるということは、実際には疲れが回復していない状態で再スタートするサイクルを続け、負のスパイラルに陥っているということでしょう。
 さらに悪いのが昨今の環境です。新しいデジタルツールがどんどん出てきて、今まではシングルタスク的な仕事のやり方だったのが、マルチタスク的になり、スピードも上がってきています。三角形でやれていた時代とはもう違ってきて、休養サイクルを見直さなければいけないタイミングにいよいよ待ったなしで来ているのです。
 ―― では、今の時代に合った疲労回復できるサイクルとは。
 片野 対義語で考えていただくと分かると思うのですが、「活動」の対義語は「休養」、「疲労」の対義語は「活力」です。でもこれまでは「活力」ということを意識せずに、なんとなく朝起きたら疲労はゼロになって活力が湧いているはずだという妄想の下、三角形で回していました。そうではなく、今の社会では、「活力を高める」ということを意識して休養を取るサイクルで回す必要があります。それを私は〝攻めの休養〟と呼んでいます。
 リテラシーを持って主体的に、積極的に、自分から休養を取りにいくことを意識しないと。たくさんの人が疲弊してしまう時代が来ているのです。

休養の7タイプ



 ―― 片野さんは生活に組み込むべき休養をタイプ別で説明されていますね。
 片野 ええ、休養の7タイプというのを本の中に示させていただいています。
 休養はまず大きく3つに分けられます。「生理的休養」「心理的休養」「社会的休養」です。そして生理的な休養には「休息タイプ」「運動タイプ」「栄養タイプ」の3つがあり、心理的な休養は「親交タイプ」「娯楽タイプ」「造形想像タイプ」の3つ、社会的休養は「転換タイプ」で、全部で7タイプになります。これらを上手に組み合わせてくださいということです。
 「休息タイプ」はまさに「休養」でイメージされる通りに体を安静にし、むしろ動かさないというところです。皆さんやられていると思うんですけど、これってスポーツ科学でいう「パッシブ・レスト」、つまり消極的な休養です。
 一方、「運動タイプ」とは、疲れない程度に体を軽く動かすことで、血流を促し疲労回復を早めようという休養の仕方。スポーツ科学では「アクティブ・レスト」、積極的な休養と表現します。
 3つ目の「栄養タイプ」は、普通の栄養学の5つの栄養素やカロリーをしっかりと摂取してくださいというのとは逆で、簡単に言うと「あまり摂取しないでください」というもの。正月にたくさん飲み食いした後、「七草がゆ」があるのは、胃腸系を休ませようという先人の知恵ですよね。栄養タイプの休養もまさにそういうものです。
 2つ目のくくりである心理的休養の「親交タイプ」は、お子さんとハグをするとか、近所の人とのおしゃべり、職場の休憩スペースなどでの会話、そういったことが休養につながるというもの。ペットとの触れ合い、森林浴もそれにあたります。
 「娯楽タイプ」は音楽を聴く、映画を観賞するなど好きなことをすることですが、録画しておいた連続ドラマを見始めたら朝までとまらなかったとなったりしては本末転倒。自制心をもってやらないといけないところが注意点ですね。
 「造形想像タイプ」は日曜大工で椅子を作ったり、楽しくクッキングをしておいしい料理を作るといったこと。
 これら心理的休養の背景にはあるのはサイコロジカルデタッチメント、心理的な分離です。ストレスからいったん切り離すということが休養には一番大事なんです。お子さんとハグしている時、森林の中にいる時、あるいは何かを作っている時って、そのことに没入したりしますよね。そうすると自分の中にあるストレスをいったん忘れているんです。
 でも「ストレスを忘れてください」と言われても、「え? どうしたらいいのでしょうか?」となるので、行動しやすいよう3つのタイプをモデルとして挙げているんです。
 そして最後の社会的休養というのは、外部環境を変えることで自分自身の休養につなげようというもので、「転換タイプ」としているのは、自分の皮膚の外の環境を変えてくださいということなんです。
 一番典型的な方法が旅行ですが、経済的にそんな負担はできないとか、時間がないという方は、もっと近場のこと、目の前の机の整理整頓、部屋が散らかっているならその掃除、あるいは部屋の模様替えでもいいです。服をリラックスできるものに着替えることも転換につながります。
 きっと、それらのうちのいくつかは既にやっている人がほとんどでしょう。それをベースにして、さらに加えることを考えていただきたい。そうして上手に休養を取るルーティーンを見つけることです。

オフファーストを意識する



 ―― 現代社会では意識しないとそうしたことが欠けがちに。
 片野 今までは、なんとなくバランスが取れていたんです。かつて「24時間戦えますか」という栄養ドリンク剤のCMがありましたよね。
 ―― 日本全体が自信に満ち溢れ、精力的に働いていたころですね。
 片野 当時って、本当に日本人って四六時中よく働くなあというイメージがあったと思うんです。でも実際には24時間戦ってなんかいなかったですよ。
 ちょっと思い返していただきたいのですが、あの当時は携帯電話も、スマホも、パソコンも、インターネットもなかった。営業マンならホワイトボードに〈外出〉と書いて、「じゃあ、行ってきます」と会社を出れば、自分から連絡しないかぎり会社からは捕まらない。1日で回る先は3軒か4軒で、移動の電車の中ではウトウト寝たり、ちょっと早めに訪問先の近くに着けば付近の喫茶店に入り、コーヒーを飲んで新聞を読んだりできた時代です。そうして自分自身で上手にオンとオフのバランスが取れたんです。
 ところが今の時代って、それができません。しかも24時間、本当に仕事ができてしまう環境です。夜中でもメールチェックしたり、枕元にスマホを置いてチャットをしていたり――。「24時間戦えますか」の時代はそんなものなかったので、夜は案外しっかり寝ていたのですが、今はオンとオフがなくなってオンばかり。これではバランスの取りようがない。うっかりすると24時間働かされているような状態なので、自分自身で意識して余白を作り、そこで活力を高めるということをやって、バランスをとらないといけないのが今の現実です。
 ―― それなのにオンばかりにしてしまい勝ちだから、疲れている人が多いと。
 片野 今まで皆さん、「オン至上主義」できましたからね。オン、つまり活動することがいいことだという美徳感が日本人には根強くあると思うんです。だからつい仕事時間を長くしがちで、しかも今はどこまでも延ばせる環境にあります。そうして延ばしていくと、最後は睡眠時間を圧縮することで帳尻を合わせる毎日になってしまう、これってどうなんでしょう。そうではなく、オンから考えてしまう癖は変えましょう。オフを先に考える「オフファースト」の発想を提唱します。
 例えば〝週末〟という考え方。これって月曜日から始まり、最後に休日の土日が来るというサイクルです。そうすると金曜日の仕事への姿勢って、多くの人は「あと一日何とか過ごせば休みが来る」です。本来のパフォーマンスを発揮せず、なんとなく乗り越えるという感覚。まさにプレゼンティーイズムの状態です。それってあるべき姿じゃないでしょう。会社としても損失になっています。また、「5日間、ああ疲れた」で休みを迎え、休日を過ごすことになるでしょう。
 そうではなく、週の初めに土日があると考えてみてください。すると、「この土日は何のための休みなのか」という意識になります。「次の5日間のタスクをこなすためにいかに充電しておこうか」という発想になる。この意識が生まれると、土日の行動が変わってくるんです。
 ―― 日本語での一週間の表現は「月火水木金土日」ですし、多くのカレンダーが月曜日始まりですから、無意識に土日が後というサイクルを受け入れていました。
 片野 そうですね。でも今はパソコンを使って自分で簡単にカレンダーを作れます。視覚的に土日が前にあるカレンダーを作ってはどうでしょう。自分自身の休み方を見つめ直すということでは手軽な方法ですよ。考え方をちょっと変えれば、行動が変わっていきます。
 ―― ありがとうございました。

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