《ながお・かずひろ》 医師、医学博士。1958年生まれ。東京医科大学卒業、大阪大学第二内科に入局、神戸市立芦屋病院内科勤務などを経て95年尼崎市に「長尾クリニック」を開業、“人を診る”総合診察を目指し、在宅医療も先駆的に行う。65歳を機にクリニックを引退。書籍出版やインターネット配信、メルマガ等多くのメディアで長年の町医者経験を活かした医療情報をわかりやすく伝えている。ときどき音楽ライブも行い、ガン末期の恋人を思う歌、認知症の母を思う歌などオリジナル曲を披露する。《まいぐま・かつや》1987年生まれ。2016年公開の主演映画『ケンとカズ』で毎日映画コンクール、スポニチグランプリ新人賞など数多くの映画賞を受賞。主な映画出演作に『サイレント・トーキョー』『猫は逃げた』『冬薔薇』『世界の終わりから』『初級演技レッスン』『悪い夏』『「桐島です」』(2025年第80回毎日映画コンクール・主演俳優賞ノミネート)などがある。
―― パーキンソン病で余命宣告を受けた30代半ばの若者、ガン末期の熟年男性、認知症で記憶が消えていくことを恐れる高齢女性など、さまざまな年齢、病、バックボーンをもつ人々が描かれていますが、「正しさ」の押し付けがなく、「自分だったら…」を考えさせられる映画ですね。
長尾 そうなんです。「これが正しい」といった結論を誘導するような映画にはしたくないというのが大前提としてありました。安楽死に賛成・反対の映画じゃないんです。だから政治的な動きより、患者さんの心の葛藤、当事者の心の揺れ動きを作品にしたいという願いを、脚本の丸山昇一さんに言いました。
群像劇になっていて、患者やその家族だけでなく、安楽死特区施設の中で国に命じられ苦悩しながら安楽死が妥当かを審議する医師側の葛藤も描いていますから、そういう材料も提供することで、「もし自分がそうなったら」というふうに映画を観ていただき、いろいろ考えていただければと願います。
―― 原作では法案成立直後だったのが、映画では成立から10年が経過し、すでに安楽死が実施されているという設定に変えたり、登場人物らの職業設定もやや変わったのは?
長尾 2023年に高橋伴明さん(監督)と丸山昇一さん(脚本)と僕との 3人で何回か会って、どういうふうにしていくか語り合ったんですよ。その中で「原作にこだわらなくても全然いい。設定を大幅に変えても構いません」と僕から言いました。伴明監督と丸山昇一さんとの初タッグなんです。だからこそ「原作に縛られなくていいです」と。
そして突拍子もない設定ではなく、より一般的な若いカップルの物語を軸とし、ポスターの「死にたい、と願うのはエゴですか? 生きていて、と望むのは愛ですか?」というこのフレーズがすべてを語っていますが、2人の思いが揺れ動き、収束していく―― そこを一番に描こうじゃないかということになっていきました。

―― カップルの男性の病をパーキンソン病としたのは。
長尾 安楽死しようと日本からスイスに行くのはほとんど神経難病患者だからです。自国民とかヨーロッパ人は末期癌の方が多いのですが、日本から行っているのは神経難病の方が多く、皆にわかりやすい神経難病ということでパーキンソン病という設定にしました。
―― そのパーキソン病で余命半年と宣告された若者(酒匂章太郎)を演じた毎熊さん。この映画に関わられたことで考えたことはあったのでしょうか?
毎熊 僕は今30代後半で、自分自身は平均寿命でいったら折り返し地点ぐらいですけど、実は死ってそんなに遠い話でもない。普通に寿命が来て、できれば寝てるうちに死にたいな…みたいな話はよくありますけど、死の迎え方っていうのはやっぱり思った通りにいかないことが多いんじゃないかなとは思っていて、安らかにベッドの上で、じゃなかったらとか、10年とか長い期間ずっと誰かのお世話になりながらだったら――とか考え始めたのは、この映画の話をいただいてからのここ数年ですね。
安楽死という“行為”を描いたワンシーンを描いた映画はあると思うんですけども。安楽死そのものをド直球で扱った映画って日本では作られていないと思います。だから、章太郎役をどう演じるかというより前に、そもそも安楽死について自分はどう考えるかなということを、すごく考えました。
そのために、実際に安楽死するためにスイスまで行かれ、実施の直前で考えが変わって戻ってこられたくらんけさんがこの映画の制作を応援してくださっているということで、役作りより前にその方にお話を聞いて、安楽死を願ったりすることがどういうことなのかというのをまず自分の中に入れてから、「この役をどうしようか」という段階に入っていったという感じです。

文化で異なる死生観
―― 映画は冒頭、色鮮やかな砂曼荼羅をチベット仏教の僧侶たちが描くシーンが映し出され、章太郎が歌うラップの中の言葉、そして映画終盤でもチベットの人々の生活や死生観が織り込まれます。
長尾 僕は仏教が大好きで、監督の伴明さんと脚本の丸山さんと3人でチベット仏教を根底に流れるモチーフにしていこうと一致したんです。
僕がチベットの「死者の書」を読んだのは20年ぐらい前。あの地では、死ぬのは自然なことで、死んだ後は鳥とか自然が食べていく――そういう死生観です。日本人も昔はそうだったはずなんです。
「死」自体は自然なこと。だけど、安楽死というのは死を早めるわけで、人工的な死です。自殺すると地獄に落ちるとされているキリスト教文化圏では、自殺ができないから医者に殺してもらわないといけない。それを「安楽死」といいます。でも仏教では自殺は罪ではないんです。自殺したからって地獄に落ちるとは誰も言わない。
まあいずれにせよ安楽死と自殺は紙一重というか、ほぼ一緒というのが僕の考えです。医者が関与するかしないかの違いはあっても、そういった行為自体は世界的には認められる方向に向かっていて、日本人で安楽死を希望する人はよく知られているスイスに行きますが、イギリスやフランスでもまもなく安楽死が認められそうです。アジアでは台湾も韓国も今、その議論をしています。
じゃあ日本はどうなのか。日本では議論ゼロなんですよ。政治の世界ではタブーになっています。だけど一般市民は安楽死に関心があって、ある調べでは8割の国民が安楽死に賛成で、神戸の女子高で高校生自身がアンケートを取ったら、高校生、女子高生の8割がやっぱり安楽死に賛成してるんです。
―― 国民感覚との奇妙な乖離ですね。
長尾 医療界でも安楽死はもちろんタブー、そして議論ゼロです。そんな中でタブーに触れた作品でもあるんです。前作の『痛くない死に方』は自然な死を描いたものでしたが、今回は日本ではタブーとされる「死を早める」という行為。でも世界的な潮流があり、アジアでも日本以外の国はすすめようとしている「安楽死」を、今、日本でできることになったらどうなるか――をフィクションとして描いてみたんです。
「死」は本人のものか、家族のものか
――映画では、安楽死のゴールまで行った患者が二人出てきますが、死亡診断書には「安楽死」ではなく「その他 自殺」と書かれます。これは?
長尾 フィクションですから安楽死という項目を作るということもできるんだけど、あえて診断書に「自殺」と書くことを私から指示しました。これについては結構揉めたというか、どうするかって、かなり話し合いました。でも、やっぱり自殺っていうのも僕の中での大きなテーマだからです。「死は誰のものか」っていうのが、この映画の大きなテーマの一つなんですよ。
「死は自分のもの」というのが、欧米の考え方なんですが、欧米でも死は自分のものだけではないというふうに潮流が変わってきたんです。自分と周囲のもの、家族とか社会のものだっていう考えに変わってきたんですね。一方日本では死は誰のものか。家族のものです。でもかつては違いました。そんな哲学的な命題も扱ってる映画です。
―― 映像化するうえで長尾先生がこだわられた点などは。
長尾 実は映画の中で安楽死を行うベッドの角度にもすごく意味があるんですよ。「死の権利世界連合」という学会のようなものがあって僕も入っていますが、外国のほとんどは安楽死OKだから、どんな体位で安楽死するのがいいのかをずっと議論してます。僕が指示したのがあのベッドの角度なんです。実在しない制度についての映画を撮る時、実際にどうすりゃいいのかわかんないわけですよね。でも僕はたまたまそういうのに詳しいので、医療的な話とか資料をいろいろ出してます。だから結構ディテールを言うと、もう本当に深くなっちゃうんですよ。
―― 設定は近未来ですが、リアルな内容でもあるのですね。
長尾 そうですね、僕しかできない仕事をやった感はめちゃめちゃあります。日本に僕以外30万人もの医者がいても、これを指示できる医者は僕しかいないですから。
―― 最後に毎熊さんから伝えたいことは。
毎熊 年老いて死んでいく話ではないというのが一番の大事なところだと思っているので、やっぱり若い世代に観てほしいとは思いますね。
日本は自殺大国と言われているじゃないですか。街で起きる自殺と安楽死を一緒に考えるわけではないのですけど、大まかに言ったら自分で死を選ぶっていうことでは一緒。だから死と向き合うということは、生きることと向き合うことになると思う。だからこそ、若い人により響く映画なんじゃないかなと思います。
―― 有難うございました。

製作:「安楽死特区」製作委員会(北の丸プロダクション、渋谷プロダクション)
監督:高橋伴明
原作・製作総指揮:長尾和宏
脚本:丸山昇一
出演:毎熊克哉、大西礼芳、加藤雅也、筒井真理子、板谷由夏、平田満、余貴美子、奥田瑛二ほか
https://anrakushitokku.com/























