森川 始まりは2022年の11月。そこから31年度までの10年間のプロジェクトです。4年、3年、3年とフェーズが3つあり、今年がフェーズ1の最終年度。10月中旬に東京で中間発表をしました。
―― 「マイモビリティ」に「超移動社会」。どちらもあまり聞きなれない言葉です。
森川 マイモリビティとは、利用者が移動問題に主体的にかかわり、作り上げた移動手段。そして電気抵抗がゼロになる超電導のように、移動することでの抵抗(ストレス)が極めて小さくなる社会を指します。地域を次世代につなぐマイモビリティを共創する拠点ということです。
―― 根底にあるのは、このままでは地域を次世代につないでいけないという危機感ですね。
森川 地方の公共交通はかなりピンチな状況にあり、崩壊しているところもあります。
その原因は大きくは2つ。利用者が少なくなってきて、もうビジネスとして成り立たなくなってきたということと、職業運転手の不足です。この二重苦によって、地方の鉄道はどんどん廃線になっていき、バスも路線や便数がどんどん少なくなってサービスレベルが悪化。サービスレベルが下がるから使われなくなるという悪循環で、マイカーを使わない地域内の移動はどんどん困難になってきています。
―― 移動手段がマイカーに限られてしまうと、それはそれでいろいろな問題が発生しますね。
森川 ええ、マイカーでの移動はいつでもどこでもドアツードアで行けて便利ですが、子供やいろいろな事情でクルマを使えない人には不便を強いることになり、また、家族の誰かが無償労働で送迎役を強いられる〝送迎地獄〟も起こります。
そこで当拠点では、自動運転などの新しい技術とビジネスモデルチェンジによって、まったく新しい地域モビリティを開拓。マイカーを使わない人でも社会参加機会に公平にアクセスできる社会の実現を目指しています。
多様な参加者で共創
―― 組織の中心は名古屋大学と岐阜大学ですが、ほかにもいろいろなところが参加しているようですね。
森川 大学・研究機関としては愛知県立芸術大学、東海大学、産業技術総合研究所、鹿児島大学、自治体では名古屋市、春日井市、岐阜市、愛知県のほか、鹿児島の沖永良部島にある知名町、和泊町も参加。産業界からは中部経済連合会やJR東海、名古屋鉄道という公共交通事業者、輸送機器を作っているヤマハ発動機や、街づくりの日建設計総合研究、東急といったところが一緒に活動。そして地域住民や商店街といった多様なステークホルダーを巻き込んだ共創プラットフォームを構築しています。
―― そうしたプラットフォームであることの意味は。
森川 地域モビリティイノベーションに必要な三本柱は「マインドセット」「技術」「制度」です。その中でも一番重要なのはマインドセットでしょう。「誰かがやってくれるだろう」というようなマインドセットでは作っていけないのがマイモビリティだからです。
公共交通というのは、交通事業者が勝手にやってくれる、自治体がなんとかしてくれると思っていると、どんどんなくなっていくことになります。自分事として考えていかないといけません。
でも、いきなりすべての地域、すべての住民に「考えて」というのは簡単ではありません。そこで、もともと住民同士のつながりが良好で、「足の問題を考えていかなくては」という素地があるところで、自動運転のラストマイルの社会実証実験を行ったりしています。
―― ラストマイルのサポートですか。
森川 長距離移動の新幹線とか飛行機などはビジネスとして成り立っていますし、日本のそれはすごくサービスレベルも高い。問題はそこから先の中距離移動、短距離移動ですから。
いよいよフェーズ2
―― フェーズ2ではどんなことを?
森川 最初の4年間は、中心にあるAS、「アドバンスドローカルモビリティシステム」の略ですが、先進的地域モビリティシステムを、フラッグシッププロジェクトとして自治体などと一緒になって社会実証実験を進めてきました。
これからの3年間は、このASをさらに高度化して実装にどんどん向けていくということと、IS「イノベーティブ ローカルモビリティシステム」で、もっと革新的なものの実装を終えていくことを課題にしています。さらにはモビリティの概念を超えて、例えば街づくりとか、二拠点居住とかの理論的な研究もその中に入れていこうと。
そして最後の3年間は特に自治体と一緒に「ドアツードア・パーソナルラピッド・トランジット」みたいなものをもっと開発していこうとか、公共財的プラットフォームというものを、政府にも話を進めていって制度設計していこうとか、そういったことを行っていきます
自動運転の実証実験などに、政府も個別の市に対して多額の補助金をつぎ込んでいるわけですが、政府も補助をずっと継続できるわけはなく、「後は自分たちで」となったら、高コストなので多くの自治体は続けられないでしょう。しかし公共財プラットフォームを作ることによって、政府全体の補助金の額をかなり減らせるだろうと思っています
特殊な日本の事情
―― 先生は公共交通の研究を長年されてこられましたが、今日までの社会の変化をどう感じておられますか。
森川 私が研究者になったのは1980年代の初めですから、既にモータリゼーションはかなり進行していてクルマが増え過ぎ、渋滞や、事故、環境、エネルギーの問題などが浮上。もっと公共交通に乗ってもらわないと――という時代には入ってきてました。
ただ、今ほど公共交通が衰退していく状況ではなくて、その後、バブル時代を経て超高齢社会を迎え、公共交通に乗る人、特に高校生とか大学生の通学利用が減っていき、地方の公共交通が急速にピンチに陥ってきたことで、ようやく皆さんが〝地域の足〟のことを深刻に考え出したのです。
われわれ研究者はクルマから公共交通にもっとシフトしないと大変なことになる、クルマばかりに頼る社会はあり得ないと、ずっと言ってきたのですが、世間がそのことに目を向け出したのは、ここ15年ぐらいですね。
―― 日本以外の国でもこうした地方公共交通の危機は起きているのでしょうか。
森川 実は日本ほど公共交通網がある国はあまりないんです。ニューヨークやロンドン、パリといった大都市は地下鉄とかが発達していますが、地方都市には公共交通があまりなく、だから衰退するものがない。
―― なぜその違いが?
森川 明治維新になって鉄道が入ってきたとき、儲かる産業だと、雨後のタケノコのように鉄道ができました。加えて日本は江戸時代に徳川政府の方針で道をあまり作らなかったということがあり、その伝統で、昭和の初期になっても、クルマに適した道路はほとんど作られず、その分、民間鉄道がものすごく発展したという、世界で唯一の国となったんです。
――そうして日本の鉄道文化はものすごく進み、海外から来た人がびっくりするような、遅れもなく、安全で、きれいな車両という鉄道文化が作られたのですね。
森川 その分、道路整備の遅れが日本の課題だったのが、いい道がどんどんできていき、所得も上がってクルマも一家に1台が当たり前になっていくと、今度は公共交通に乗らなくなって、地方の公共交通は末端の方に行くとピンチになってしまったというわけです。
当拠点の取り組みによって、誰もがストレスなくどこにでも行けて、社会参加できるような社会を作りたい。拠点の名古屋大学から近いので、実証実験の場としては愛知・岐阜の地域が多いですけど、将来的には全国で、できれば全世界にと思っています。
―― 期待しています。
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