八:おい熊、また浮かない顔をしてやがる、どうした?
熊:うちの頭領がトラ殿様に誉められたっていうんだ。それで「俺様を頭領ではなく、大統領って呼べ」って言いやがる。何て了見だと、オレたち大工仲間の顰蹙(ひんしゅく)をかっているんだ。にもかかわらず、それを聞いて、あちこちで大工の組頭が「頭(かしら)ではなくて、頭領、さらには大統領って呼べって言い始めた。
八:オレたち左官屋でも同じ。集まって愚痴っているぜ。でもウチの親方はせいぜい小頭領か、よいとこ中頭領だな。
蔦重:お、大工と左官屋で「同類相哀れむ」ってぇわけか。
古琴:どうした、雁首そろえて、またトラ殿様話かい?
熊:お、よいとこに古琴の旦那、また教えてもらえますかね?
八:なんでトラ殿様は、あんなに強面(こわもて)なんすかね? あれでうまくいくんだろうか。
古琴:たしかに威嚇的だし、威張りちらしているな。
蔦重:もっと穏やかに、じわじわっと段取りつけた方が、むしろ速く穏便にコトが先へ進むと思うんですがね。
古琴:確かに、そうだな。ことさら荒立てる性急なやり方はうまくは見えないね。

非学者、論に負けず 策士、策に溺れる



古琴:後の世の昭和という時代に、『おらが君~みんなの世界』という子供向けの草紙が人気になる。何でもかんでも「俺が、俺が」としゃしゃり出る「おらが君」みたいになるな、と戒める御伽草紙みたいなもんだ。
蔦重:「お山の大将、我一人」ってなわけですね。
熊:それでうまくいくのかね?
八:んなわけ、ねぇよ。
古琴:西欧ではイソップという才人が書いた『北風と太陽』」という寓話が有名らしい。
蔦重:何です、それは?
古琴:あるとき北風と太陽が言い争いになった。どちらが、旅人の外套を脱がせることができるかを競い合った。北風が外套を吹き飛ばそうとしたのだが、北風を強くすればするほど寒くなるので、旅人は外套をしっかり抱きしめてしまう。ところが、次に太陽が燦燦と照りつけたら、暖かくなって、旅人はすぐに外套を脱いだ――というわけだ。このことから、強面でコトを進めようとするより、温かく接する方が、相手を動かすことができるって教えになる。
蔦重:有名な寓話ならば、トラ殿様も読んでいるんじゃねぇっすか?
古琴:いや、学問を毛嫌いしているらしいから、どうかね。トラ藩では「反知性派」と呼ばれる輩(やから)たちを扇重しているらしい。
熊:だからハーバードっていう世界最高の藩校をいじめるわけか?
八:藩校は「敵」か、「素敵」か。素朴に素適じゃねえのかね。
古琴:そうだな。トラ殿様は、いわば「政の“権力”である大統領」と「学の”権威“であるハーバード藩校」との争いと考えていると言えそうだな。
蔦重:殿様の「利」と藩校の「理」のどっちが勝つかってことなんすかね。でも、トラ殿様の「理」は変なことばかりではないっすか? 屁理屈こねたり、議論をすり替えたりするのが「理」には見えませんが…。
古琴:「非学者、論に負けず」だよ。非学者、つまり知性的でない者は、理屈では説得されないってことさ。理が分からなければ、説得のしようもない。
蔦重:「大げさ・こじつけ・ウソ八百」、「根拠・論拠に証拠なし」「捏造・改ざん・盗用」、さらに「無視、いなおり、誤りを認めず」…、つまり「無理を通せば、道理が引っ込む」ってことかぁ。
古琴:いずれにせよ、余裕がないんじゃないかね。なんせトラ殿様は御年79歳になったっていうから。とにかく急ぎたいらしい。
蔦重:小林一茶の「雀の子、そこのけそこのけ、お馬が通る」を思い出しますぜ。これは、ガキが馬のオモチャに乗って喜んでいる風情だとも言われて、雀の子が子供に道を譲る様子が微笑ましい。だけど、実はこの句は意味が深いんですよね。雀を弱い立場にある庶民、馬に乗った人物を権力者に見立てて、弱者から世の中を風刺しているとも言われていますもん。
古琴:お、さすが蔦重。本を読んでるね。本を読めばモノゴトを深読みできる。
熊:つまり、「民草よ、そこのけ、そこのけ、おトラが通る」ってわけか。
古琴:トラ殿様は、ディールという取引が得意なので、それで一気に突っ込んだのは良いけれど、諺に曰く「高名の中に不覚あり」という。
八:何ですか、それは?
古琴:なまじっか得意技があると、その技に溺れて、結局しくじってしまうってことさ。「策士、策に溺れる」とも言う。取引で仕掛けを潜ませていても、気がついたら自分がそれにハマっちまうってことが少なくない。


古琴:まあ日の本の民は、「気は優しくて力持ち」が好きだ。それに「判官贔屓」。さらに、聖徳太子様の「和をもって貴しとなす」だ。
ところが、トラ殿様の「米藩」は「ユニティ(一致)」を重んじるので、食うか食われるかとなり、力尽くでも一致させたがるし、従わせようとする。
だが、私らは「ハーモニー(調和)」を大切にする。お互いに違いがある方が「調和」は豊かなものになる。
八:力尽くだけで良いことなんてねぇでしょうね。
古琴:後の世、米藩にレイモンド・チャンドラーという人気戯作者があらわれる。その草紙の中に、町の火付け盗賊改めみたいなフィリップ・マーロウという伊達男が言う台詞がある。「強くなければ生きていけない。だが、優しくなれなければ生きている資格がない」ってな。これが評判だそうだ。
蔦重:つまり強いだけでなく、優しく誠実な奴こそ多くの奴が認めるってことですね。
古琴:ところで、だ。それより庶民は米が食えるか、食えないかで大騒ぎだけど、お前さん方、飯は食えているのか、大丈夫かね。
熊:「古米・古古米・古古古古米、あわせて古古米、古古古古古古古古米」
八:舌をかみそうな早口言葉だな。
蔦重:「武士は食わねど、高楊枝」。だけど、オレたちは侍じゃねぇので「飯は食わねど、爪楊枝」ってとこかな。
八:「思し召し(おぼしめし)より、米の飯」ですぜ。
熊:「弱肉強食」より、俺は「焼肉定食」だな。
古琴:「足らぬ・足らぬは、工夫が足らぬ」。これは後の世に、我が日の本藩が米藩と戦(いくさ)をしたとき謳った我慢系の標語の一つだよ。庶民に工夫が足らぬぞ、とのおし達なんだけど、本当は、そうではないな。「米が足らぬ・足らぬは、お上の工夫が足らぬ」ということなんだよ。