蔦重:今日は古琴の旦那にトラ殿様の話を聞かせてもらおうと集まりやした。
古琴:おお、嬉しいね。実は気になっていることがある。トラ殿様の国では、後の世に「マッカーシズム」という、ひでえ話がでてくるんだよ。
熊:なんですか、「真っ赤に沈む」って?
八:なにボケてんだよ(苦笑)
古琴:「赤狩り」と言ってな、世の中で急速に高まっていた共産主義という考えや動きに反対する運動だ。「反共」と呼ぶ。多くの人が疑いをかけられて捕まった。特に、映画という娯楽の世界で活躍していた連中が難儀した。その意味では、蔦重、お前さん、気をつけな。
蔦重:え、それはお上の気に食わないと、本も出せないってことですか?
八:この先の世で、マッカーサーって大将軍が日の本を牛耳ったって話は聞いたことがあるけど、こちらはマッカーシーですか。
熊:てぇと、マッカースー、マッカーセー、マッカーソーと出てきそうだな。
八:なにボケてんだよ(パチッ!)

トラ殿様はDEIがお嫌い



古琴:トラ殿様は、赤も嫌いだけど、ディー・イー・アイってのが大嫌いなんだ。
熊:トラ殿様は、赤い帽子に赤いネクタイなのに「赤」嫌い?
蔦重:ところで何ですか、ディー・イー・アイってのは?
古琴:多様性、公平性、包容性を重んじるってことだ。まず、ダイバーシティ、多様性ってのは、いろんな奴がいるけど、それぞれの良いところを見て受け入れようや、ということだ。江戸っ子といっても、粋でいなせな奴もいれば、人情に厚い涙もろい奴もいる。けんかっ早い奴もいれば、隠忍自重の我慢強い奴もいる。
熊:男もいれば、女もいる。子供もいれば、年寄りもいる。要するに、オレたちの長屋と同じだ。
八:お、ボケずに返したな。浪速の奴も、蝦夷の奴も、琉球の奴も、みんな仲間だぜ、ということか。俺たちもお互い違うけど、気が合うのはこの多様性ということかもな。
古琴:二つ目は、エクイティ。公平性と言って、いろんな奴が等しくいろんなことができるようにすることだ。誰かがズルしてはいかんということもあるけれど、例えば足や目の悪い奴には、それぞれ支えるような仕掛けと仕組みをつくり、助け合おうってことだな。
熊:俺みてぃなバカでも等しく扱ってもらえるってことだな。
八:ちっと違うんじゃねえか。
古琴:三つ目は、インクルージョン、包容性あるいは包摂性という。さまざまな奴を仲間に迎えよう、ということだな。そして仲間同士でそれぞれ活躍できるようにすることだ。
蔦重:だけどトラ殿様は、この「ディー・イー・アイ」が気にいらないってことですか。そこで有名なハーバードって大きな寺子屋をいじめているわけか。
古琴:そう、さっき言った「赤狩り」と同様。「ディー・イー・アイ狩り」とでも言えるね。

「裸の王様だ!」と叫ぶ



古琴:先の世の西洋には、アンデルセンという戯作者が書いた『はだかの王様』という草双紙があるそうだ。
蔦重:ほう、どんな話ですか。
古琴:昔むかし、あるところに、おしゃれな王様がいた。新しい服を欲しがるので有名だった。ある日、ある仕立屋と名乗る連中が来て、「私共がつくる特別な布で仕立てた服は、愚か者には見えない」「この服を着れば、愚か者、バカ者が見分けられますよ」と言って、自分たちに着物を売り込んだんだな。もちろん嘘さ。
熊:で、見えない着物をつくらせたんですか。
古琴:先の世では、『攻殻機動隊』という、えらく面白い黄表紙があってね。その中で本当に見えない「光学迷彩」という着物が出てくるのだが、その話のズッと後の世だね。
八:で、どうしたんです。
古琴:着物ができたというので、 王様は大喜び。しかし、自分には見えない。だが、そんなことを言えば、みずから愚か者だとなってしまう。見えているように振る舞っていた。
蔦重:家来たちも、着物が見えているふりをしたんじゃねぇすか。誰も本当のことは言えねぇわけだ。
古琴:王様はこの着物を見せびらかしたくなって、城下町を練り歩くことにした。民草は、みな、王様が裸なのでびっくりしたけど、言い出せない。すごい!と褒めちぎった。
八:王様は喜んだな。我が国の民草は皆、愚か者ではないと分かったから。
古琴:ところが、ある子供が見たとおりを言ったんだな。「あれ、王様は裸じゃないか」と。すると、他の連中も次々と「そうだ、実は裸じぇねえのか」と言い出した。ついには、町中が「王様は裸だ!」と叫んだ。で、王様は、ようやく自分が恥をかいたと気づいたのさ。
蔦重:家来にしっかり直言をさせないと、道を誤るということか。
古琴:その通り。トラ殿様は「裸の王様」になりそうな気がしてならないねぇ…。

トラの王様と小バエ



蔦重:ところで、ある黄表紙書きに、古琴の旦那に教わった話をしたら、こんな草双紙向けの話をつくってきたんです。どうでしょうね。
昔むかし、あるところにトラの王様がいました。
その周りを小バエが飛び回るので、気に食わない。やっつけようとしました。
五月蠅(うるさい)い奴め、目障りな小バエめ! 叩きつぶそうとするトラの王様。手で叩こうとしてもダメ、踏んづけようとしてもダメ。そこで、モノを投げつけたのですが、それもダメ。小バエは逃げ回ります。それがあたかも自分をからかっているように見えるので、トラの王様は、なお気に食わない。
家来を呼んで退治を命じました。そんな小バエだけなのに…陰で愚痴は言うもののトラの王様が怖いので、みんな大騒ぎで小バエ退治に乗り出しました。机をひっくり返し、膳や重箱をひっくり返し、仕舞いには部屋のあらゆるものをひっくり返しました。あっちを壊し、こっちを壊し、あっちを壊し、こっちを壊し…、気づいたら、部屋どころか、屋敷中が大混乱。広間も寝所も書院も食事所も、み?んな崩れてしまったのです。
そして、何と、屋敷全体の柱まで折れてしまいました。ついには、屋根は落ち、屋敷は傾いたそうです。その崩れた屋敷の中で、トラの王様は仁王立ちして「小バエが悪いんだ!!」と叫んだそうです。
人々は、「立ち往生なのに往生際の悪い奴」と笑ったそうです。
古琴:ディー・イー・アイを小バエのようにつぶそうとしたら、自らの屋敷やお国を壊しかねない、という喩え話だな。面白いね。
         (了)