古琴: 先の世に、ロッキード事件という賄賂の醜聞があって、その建て直しを託された老中首座の三木様が「やり過ぎだ」と、周りの幕閣たちに引きずり下ろされそうになった。それに抗ってねばったやりとりを「三木おろし」と「三木ねばり」と言う。
その先の世に、「石破おろし」と「石破ねばり」が生じた。三木様も石破様も、どちらも力尽きて老中首座を退いた。どうもこの世は「おろし」と「ねばり」は組み合わせになるものらしい。
熊:大根おろしと納豆のねばりは、悪くないんですがね。
八:こら、真面目に聞け(パチっ)。
グズの大忙し
蔦重:オレたちの時代では、田沼意次様の「おろし」と「ねばり」ですね。結局、民はうわさ話に踊らされて、田沼おろしに加担しちまった。
八:田沼様は、大災害と米不足と賄賂醜聞が大きく響いたな。
古琴:ゲル様も同じだな。
蔦重:けど当初は、ゲル様にも期待があったんですがね。
古琴:そうだな。老中首座になったのだから、今までの持論をさっさとやってくれりゃ良かったのに。やたら周りに気を使うだけで、実行の道筋すら立てられなくなった。自らの道を潰してしまったようだな。最後はあがきが目立っただけだね。
蔦重:私らから見ると、「グズの大忙し」に見えてしまうんですがね。
熊:そうだな。俺たち江戸っ子は小さい頃から“戒め”としてよく聞かされたもんだ。さっさと決めて動かなきゃいけねえ時にグズグズしていると、結局は切羽詰まって最後に大忙しになる。
八:そうさな。サッサと腹決めてサッサとやっちまえってことだ。
熊:即断・即決・即行動。職人は、そうでなくちゃ。
蔦重:ゲル様はゲル様らしく振る舞えば良いのに、ってことですよね。どれも中途半端だった。
古琴:自分らしさを出せずに退任するなんて、田沼様とは大違いだ。田沼様は、自分らしく振る舞って、揚げ句の果てに、あれこれ敵を作り、難癖をつけられて失脚した。
それに比べるとゲル様は、首座になってから自分らしさを出すのを遠慮しちまって、何もできず。つまり、せっかくの機会を無駄にしちまったてわけだな。
蔦重:もっとも、オレたち江戸っ子は、あのベタベタなしゃべりにイラついた。歯切れが悪いこと極まりない。
八:それにオレたち職人から言わせると、最初の「掛け違い」を起こすと、その挽回には多くを費やすばかりか、慌ててロクなコトにならない。ただし、いきすぎると江戸っ子の「せっかち」になるけどな。
熊:死ぬ間際に「一度は、蕎麦をしっかりツユに付けて食ってみたかった!」という落語のオチがあるじゃねえか、あれだな。
八:ちっと違うんじゃねえか。
古琴:江戸下町の数々の戒めは、生活のみならず、商売や政(まつりごと)にも当てはまるな。
サントリ症候群
古琴:この先の世に「サントリ症候群」って言葉が出てくる。「トリあえず、トリ急ぎ、トリ繕う」。その場凌ぎだけに力を注いでしまうことだ。この癖がつくと、モノゴトをしっかり考えて長い目で対処するのではなくなってしまう。そのことを戒めた言葉だ。
蔦重:われわれは、「つべこべ理屈を言うより、まず汗をかけ」「先の世を憂うより、今の目の前のことをさばけ」と言いますが、それはそれで悪くないんでは。
古琴:確かに、当面の取り繕いに長ける奴は出世が早い。だが、姑息で上滑りになりやすく、重みに欠ける。有能な役人にはなるが、有能にはなり切れない。すなわち「治世の能臣」であっても「乱世の奸雄」にはなれない。
蔦重:なるほど田沼様も若いころは、当面の策を出すのに長けていたけど、老中になってからは相当先を見通していましたね。米を増産すべく干拓を進めていたし、蝦夷地の開発まで手を付けていたのに、運が悪いっていうのかな…。
古琴:緊急時に「グズの大忙し」と「サントリ症候群」が重なると、困ったことになりかねないね。
「グズの大忙し」でコトの本質を見間違い、大慌てで「サントリ症候群」的対処を行ったらどうなるか。しかも、それが非常時だったら…。「グズの大忙し」的政治と、取り繕いに終始する「サントリ症候群」的忖度官僚群か、それとも「サントリ症候群」的にその場対応に終始する独善的政権と「グズの大忙し」的な後手・後手対応の官僚群なのか…。
熊・八:何か難しいですね…。
蔦重:小手先対策、後手の小出しって奴になりそうですね。大胆な対策を思い切り行わず、後手に回ってから手を打とうとする、しかも小手先の手を小出しする。また、「せいては事をし損じる」。商売に即して言えば世の中が変わるってのに、「様子を見る」としか言えない奴もいる。
古琴:いずれ日の本は、「グズの大忙し」として「サントリ症候群」でどうにもならなくなるように思えてならない…。
蔦重:ゲル様には、もう一つ「理解を求める」という言い方しかできなかったことも気になりやした。理解をしても、賛成するかどうかは分からない。相変わらず、ゲル様に限らずお城の中では幕閣が「民の理解を得たい」という。「理解すれども賛同せず」というのが分からないかね。
熊:分かるから賛同しない、というのもあるよな。
「日本第一主義」の不思議
熊:ところで、今回のゲルおろしに大きく関係したのが「日の本、第一」と言い始めている連中だってんだけど、よく分からねえ。
古琴:そうだな、これは日の本の“国”が第一ということなのか、日の本の“人”が第一ということなのか。さらに、日の本の“人”も大和民族が大半とはいえ、アイヌの人もいるし、琉球の人もいる。他の国から帰化した人も少なくない。
熊:勝手に国に入ってきた連中は御法度破りだから、追放されるのは仕方ないけどな。
八:何か釈然としねえよな。
古琴:そもそも大和民族と言われている私たちも、三種類の人々の混血だってことが、先の世で分かってきたそうだ。
蔦重:加えて、江戸市中を歩いてみりゃ分かる。どれだけ「便利屋(コンビニストア)」や「居酒屋」で他所から来た連中が一所懸命働いているかって。いなくなったら、どうするんですかね…。
古琴:「日の本、“国”が第一」は当然なんだが、どこかで「大和民族系日の本の人が第一」にすり替わっているのが、気になるね。「排」外的にも「拝」外的にもならず、大きな度量でいきたいもんだな。
(了)






















