年明け早々の慌ただしい決定、しかも来年度予算を審議する通常国会の開幕と同時の衆議院解散である。
 この、党利党略ですらない高市首相の「私利独断」による解散が日本国憲法が定めた民主主義手続きを踏みにじるものであることは、多くの方々が感じておられる通りだ。来年度予算の年度内成立が不可能になるのはもちろん、内閣不信任決議によって余儀なくされたものでなく首相の「解散権」(これ自体そもそも憲法上の疑義もある)によるものとしては、なんと過去最短の1年3ヵ月で、2024年10月衆院選において国民が下した審判を覆してしまうのだから。
 立法府は、予算や法令を審議することによって、行政府(内閣)が国民のために何を為すべきかを決定するからこそ「国権の最高機関」なのである。それを「私利独断」で解散されてはたまらない。数回にわたりご紹介してきた二十世紀までの古き良き政治の時代だが、その代表である小渕恵三首相は在任中解散を行わず、当時の衆議院は小渕の死から2ヵ月後に後継の森首相が解散するまで3年8ヵ月の任期となった。
 決して安定政権だったわけではない。参院選の敗北を受けて自民党総裁になったのは高市首相と同じであり、またやはり参議院では少数与党の「ねじれ国会」で首班指名を受けられなかったほどだ(民主党の菅直人代表が選ばれている)。就任半年後の99年1月に小沢一郎代表の自由党と連立を組み、さらに10月には公明党を加えた「自自公連立政権」で参議院でも多数を得るなど政治的には苦心の連続だった。
 00年4月に脳梗塞で急死したのは、自由党が連立から離脱する騒動での苦悩の末だったと言われるほど、多方面への気配りを重ねて厳しい状況での政権運営をやり通したのだ。おかげで、行政府の仕事に停滞は一切なかった。政治家としての派手なパフォーマンスはなくても、内閣のトップである総理大臣の面目躍如と言えよう。99年3月の能登半島沖不審船事件(北朝鮮の不審船による領海侵犯)の際、いつでも公邸から官邸に駆けつけ事態に対処できるようYシャツとステテコ姿で寝ていたとの逸話も頷ける。
 02年から始まるいわゆる「ゆとり教育」をどう成功させるかが、当時の文部省が抱える最大課題だった。事務次官から直接に説明を聴いた首相は、こうはっきりと述べた。「たしかに、これまでの教育に慣れ親しんできた国民からは反発や疑義も出るだろう。それを治めるのは政治家の仕事であり、自分がなんとかする。文部省は、その教育の内容が素晴らしいものになるよう全力を尽くしてほしい」と。
 そう即座に動いたのは、首相が「ゆとり教育」の背景にある、中曽根康弘首相が作った臨時教育審議会の「生涯学習」という考え方を理解し、支持していたからだった。「ゆとり教育」の説明を受ける前の99年6月に行われたケルンサミットでは、共同文書「ケルン憲章~生涯学習の目的と希望~」が発表されたのだが、それを議論する首脳会合で小渕首相は生涯学習の重要性を強調し、「知識や技能ばかりでなく文化の多様性に対する理解や尊敬の念を育むことを重視すべき」と主張している。
 決して文部省の説明を鵜呑みにするのでなく、00年3月には自らの考えで首相直属の「教育改革国民会議」を設置し、「ゆとり教育」をソフトランディングさせるための議論を作り上げようとしたのである。そんな考えを自身が命じた政策でもないのに、担当省庁の仕事を助けようとする首相を、わたしは小渕恵三唯一人しか知らない。
 この会議は、座長の江崎玲於奈はじめ浅利慶太、牛尾治朗、大宅映子、河合隼雄、曽野綾子、山下泰裕…という錚々たる26人のメンバーを揃えただけではない。英国人のグレゴリー・クラーク多摩大学学長、秀吉が朝鮮から連れ帰った陶工の末裔である沈壽官 ・薩摩焼宗家十四代、さらには左派系教育学者の藤田英典・東京大学教育学部長まで入った幅広い顔ぶれとなっている。ここは首相の強い希望による人選だった
 3月27日の初会合では、一人一人の席に首相が愛読した教育論『自由と規律 イギリスの学校生活』(池田潔)が置かれていた。規律の許す範囲で自由が認められるのでなく規律を学ぶ中で自由な精神が育つ、と説くこの本は、自由=目的、規律=手段という意味で、小渕恵三が拘った「個と公(公あっての個、ではなく個あっての公)」の考え方とも連動していると思う。冒頭挨拶した首相は、自らの思いを自らの言葉で語った。
 だが、初会合の僅か5日後の4月2日に小渕首相は倒れる。森首相が受け継いだ「教育改革国民会議」は、愛国心の涵養などを目指し教育基本法を改正するための議論に180度転換してしまった。
 「ゆとり教育」を担当していた役人としては、小渕政権がもう少し続いていれば…と正直なところ悔やまれてならない。だがもちろん、そうした個人的感情よりも遙かに大きな意味でわたしたちの社会にとって大きな損失だったと思うのである。
 さて、今号が出ている間に決着がつく総選挙は、どんな首相を選ぶ結果となるのだろうか。