「平和の使者となる!」
 そう豪語してホワイトハウスに復帰したトランプ大統領が、イランの核施設3ヵ所を米国だけが保有している大量破壊兵器「バンカーバスター」で専制攻撃して世界を震撼させたのは6月下旬のことだった。
 「米国をイラクやアフガニスタンの泥沼に陥れた〝愚かな〟戦争には関与しない」と訴えて有権者を取り込んできたトランプの、突然の心変わりかとマスコミは浮足立った。
 それはそうだろう。攻撃は事前にイスラエルに通知されていたというから、イランとの長期紛争に巻き込まれたかたちになったからだ。
 しかも、これは単なる一国への攻撃ではない。イスラム世界全体を敵に回す重大な選択だ。トランプ支持者を含む共和党の孤立主義派を怒らせているとロイター通信は伝えている。
 慌てたバンス副大統領は、大統領の決断の背景には「トランプ・ドクトリン」があると説明した。
 「外交で失敗した場合には、圧倒的な軍事力で問題を解決し、紛争が長期化する前に抜け出す」というのだ。
 いかにも取って付けたような話である。そもそも朝令暮改のトランプにドクトリン(体系化した行動原理)があるとは思えない。

“偉大”な評価への執着



 思い返せば2017年4月、シリアの化学兵器で罪のない子供たちが犠牲になっているニュース映像を見た長女のイヴァンカが「パパ、こんなの酷すぎる」とひとこと言っただけで、トランプは「よっしゃ」とばかりに巡航ミサイル「トマホーク」を59発もシリアに打ち込んでいる。
 しかも、フロリダ州パームビーチの別荘で当時蜜月関係だった中国の習近平国家主席夫妻と笑顔で晩餐後のデザートを食べている最中にだ。
 「最高においしいチョコレートケーキだった。習も堪能していた。その間にイラクに59発のミサイルを発射したと伝えた」と、トランプ自身が記者団に自慢げに話している。中国牽制の意図もあったのだろうが、衝動的だ。
 トランプはイランに対して2週間の交渉期限を示したが、そのわずか2日後に攻撃に踏み切った。おそらくイランを油断させる策略だったのだろう。サプライズを好むトランプらしい。
 北朝鮮の非核化やウクライナ戦争「24時間以内終結」で手柄を立てて、ノーベル平和賞を受賞しよう――という浅はかなもくろみがどれも失敗に終わったトランプは、なんとしても中東で世界の注目を浴びる成果を上げて、歴史に偉大なリーダーとして自分の名前を刻むことに執着している。
 今回の米軍によるイラン攻撃の最大の勝者はイスラエルだろう。イラン攻撃に加わるよう執拗に説得してきたベンヤミン・ネタニヤフ首相は、満面の笑顔を浮かべているに違いない。国民向けのビデオ演説で早速「トランプ大統領の大胆な判断に祝意を示す」と語っていた。
 ネタニヤフは30年以上にわたり歴代の米大統領としばしば対立しながらも最後には望むものを手に入れてきた狡猾な戦略家である。その政治的延命力から「不死鳥」と呼ばれる。今回は、トランプをうまく巻き込んで、水面下で画策されていた米政権とイランの核合意交渉を頓挫させ、内政では汚職疑惑や凄惨なガザ戦争から世間の目をそらせた。

因縁深い米国とイラン



 それにしても「ミッドナイトハンマー作戦」は想像を絶する恐ろしい攻撃だった。
 主要核施設フォルドゥへの攻撃にはB2ステルス戦略爆撃機6機を使い、重さ3万?(13・6㌧)で6000?(約2700㌔㌘)もの爆薬を搭載した大型貫通爆弾(MOP)、通称「バンカーバスター」12発を投下。他の2施設ナタンズとイスファハンに対しては米海軍潜水艦からトマホーク巡航ミサイル30発を発射したほか、B2爆撃機1機がナタンズにバンカーバスター2発を投下したという。
 戦闘で大型地中貫通爆弾GBU―57が使われたのは今回が初めてだ。それほど強力な大量破壊兵器なのだ。米軍が現在何発を所有しているかは不明だが、米ワシントンに拠点を置く戦略国際問題研究所(CSIS)の研究員によれば推定およそ30発だという。
 作戦終了後、短絡思考のトランプはイスラエルとイランが「完全な停戦で合意」したとして自身のSNSにこう投稿した。
 「おめでとう!世界。終わりなき戦争の地に永遠の平和が訪れる!」
 なんという能天気、歴史にまったく無知としかいいようがない。
 歴史を振り返ればイランを混乱させ、現在の状況に追い込んだのは米国である。
 1953年、米諜報機関CIAは石油利権を維持するために英国の情報機関を支援し、イランで民主的に選出されたモハンマド・モサデグ首相を打倒するクーデターを起こした。
 しかし、モサデグの失脚は親米モハンマド・レザー・パフラヴィ国王の腐敗と強権統治をもたらし、国民の反米感情が爆発。その結果が現イラン・イスラム共和国を出現させることになった78~79年のイスラム革命である。
 その後もイランは歴代の米大統領を翻弄してきた。バラク・オバマ大統領のように対話を試みた大統領もいれば、イランを「悪の枢軸」と敵視して圧力かけてイランの孤立を狙ったジョージ・W・ブッシュ大統領のような大統領もいた。しかし、米国に敵対する体制をもつイスラム教指導者による政権が消え去ることはなかった。
 今度はドナルド・トランプの番だ。