支持者の前でそう豪語していたトランプ米大統領は8月15日、戦争犯罪容疑で国際刑事裁判所から逮捕状が出ているプーチン大統領をアラスカ州米軍基地の滑走路に敷かれたレッドカーペットの上で諸手を挙げて迎えた。
それだけではない。米大統領のリムジン「ビースト」に相乗りして公式会談が行われる会場に向かったのにはさすがに驚かされた。
「ビースト」は米大統領専用の防弾・防爆使用の車両で、外国首脳が同乗するのは外交儀礼上も安全保障上も稀だ。走り出した窓越しにプーチンが満面の笑みを浮かべた様子が見て取れた。
ご機嫌なプーチン
プーチンにとって予想を超える歓待は、紛れもなく勝利の瞬間だった。2022年にウクライナへの本格的侵攻を開始以来、ほとんどの西側諸国からのけ者扱いされてきたロシア大統領が、米国の地で親友であるかのように歓迎され、国際舞台での復活の機会になったからだ。
世界中のメディアが固唾をのんだ会談後の共同記者会見で最初に口火を切ったのもプーチン大統領だった。「相互尊重の建設的な雰囲気」を称賛。かつてアラスカがロシア領だった歴史を振り返る余裕も見せた。
極めつけは、「バイデンではなく、トランプが米大統領だったらウクライナとの戦争は起こらなかっただろう」というトランプの常套句を引用して、相手の自尊心をくすぐることも忘れていなかったことだ。
だが、核心のウクライナ和平となると話は別だ。ウクライナ戦争終結には紛争の「根本原因」を解消する必要があると明言した。
実は、この言葉は重い意味を持つ。クリミア、ドネツク、ルハンシク、ザポリージャ、ヘルソンなどのウクライナ地域に対する主権承認、ウクライナの非軍事化、中立、外国軍不介入などが含まれているからだ。実質的降伏に等しい。
ウクライナには到底受け入れがたい要求だ。3年半に及ぶ血みどろの戦争を経てもプーチンの決意は変わらないことを世界に示したのである。
功名に走った浅慮
それとは対照的に、普段は饒舌なトランプはウクライナ停戦の可能性については触れず、「週に5千人、6千人、7千人が殺されている。…プーチン大統領も流血の終結を望んでいる」など、わずか3分ほど曖昧な話をしただけで記者会見は12分で閉会。これには米政治学者のイアン・ブレマーも「なにも譲らず(ロシア軍が進撃を続ける)時間を稼ぎ、(停戦を拒否しても)米国からの制裁もない。勝ったのはプーチンだ」と評した。
十分な根回しもせずに功名心にはやったトランプ独断外交の失策だろう。そもそもトランプの動機がばかげたほど個人的だ。ノーベル平和賞が欲しいのだ。
背景にはオバマ元大統領に対する異常な嫉妬心がある。エリートで有色人種のオバマが2021年に現職の大統領として初めて訪問した広島で行った「核兵器なき世界」演説でノーベル平和賞を受賞したことがトランプにはどうしても許せないのだ。
それに勝る華々しい外交成果を上げようと、電撃的に北朝鮮の最高指導者金正恩と握手をして朝鮮半島の非核化を試みたり、中東戦争やインド・パキスタン紛争、カンボジア・タイ紛争などで仲裁に乗り出して「歴史的瞬間」を演出しようとしてきた。しかしどれもうまくいかなかった。
残るはウクライナ戦争だけだと焦るトランプに手を差し伸べたのは、ほかならぬプーチン大統領だった。2人だけでウクライナ戦争終結に向けた会談をやろうと持ち掛けたのである。
トランプの短絡的な性格を利用してロシアによるウクライナ領支配を既成事実化させ、ゼレンスキー大統領に抗戦を断念させてロシア勝利で戦争を終結させるのがもくろみだったのだろう。これにトランプは飛びついた。だが、結果は前述の通りだ。
物のオオカミと羊
トランプ政権はロシア外交に弱い。嵐のような粛清で、ウクライナとロシアに精通していた人材の多くがトランプ政権から消えているからだ。機能する政府機関や有能な政府職員なしに、ロシアを効果的に脅すことはできない。
米国の立場があまりにも弱いため、プーチンは「もっと多くを得られる」と判断してウクライナ攻撃をエスカレートさせている。つまり「トランプはオオカミの皮を被った羊にすぎない」とカナダの歴史学者ティモシー・スナイダーは分析している。
本物のオオカミたち(ロシア、中国)は、その偽物の正体をすっかり見抜いているというのだ。米国の権力構造の破壊は、敵国にとって好機である。ロシアがトランプの復帰を期待したのは彼が米国を弱体化させるに違いないと踏んだからだ。
トランプが国家よりも自分と自分の家族の利益を優先する暗愚のリーダーであるのに対し、プーチンは元KGB工作員で20世紀最大の地政学的悲劇といわれるソ連崩壊を経験した国家戦略家だ。25年間も権力の座に就いている狡猾な謀略家でもある。5人目の米大統領を手玉に取ることなどたやすい。
記者会見の終わりにプーチンはくすくす笑いながらトランプを見て、「Next time in Moscow?(次回はモスクワで)」と珍しく英語で話しかけた。虚を突かれたトランプは、「おー、それは興味深い。少し批判されるかもしれないが、可能性はあると思う」と答えるのが精いっぱいだった。























