美しいカリブ海の米領ヴァージン諸島のセント・トーマス島沖に浮かぶリトル・セント・ジェームズ島。その小島で起きた忌まわしい出来事が、いま亡霊のごとく蘇り、傍若無人なトランプ大統領を政治的に追い詰めている。
 成り行きによっては単なる個人の犯罪だけでなく、特権意識にまみれた権力者たちの醜い振る舞いや司法制度の闇を浮き彫りにする勢いだ。まず、事件の経緯を振り返っておこう。

暴かれた深刻な性犯罪


 事の発端は20年前。フロリダ州パームビーチの警察に、米富豪のジェフリー・エプスタインの邸宅で同氏に14歳の少女が性的虐待を受けたと両親から告発があったことだった。
 2008年、エプスタインは児童買春1件の罪を認め、司法取引によって軽い刑罰で釈放された。だがそれは氷山の一角に過ぎなかった。
 事件から10年後の18年以降、新たに数十人もの女性が同氏の性的虐待を訴えたことを受け、米司法省が再捜査を開始した。そして捜査が進むにつれ、エプスタインが自ら所有する小島に豪華な邸宅やゲストハウスやスパを建設し、数百人規模といわれる少女らへの深刻な性的虐待や人身売買の拠点としていたことが発覚したのである。
 さらに、国内外の著名な政財界人やセレブなどがこの島を訪れていたことも明らかになり、一大スキャンダルに発展した。
 エプスタインのプライベートジェット(ロリータ・エクスプレス)の搭乗記録には、トランプ大統領やクリントン元大統領をはじめアンドリュー英王子など著名人の名前が含まれていた。
 もちろん搭乗記録に名前があることは必ずしも違法行為への関与を証明するものではないが、エプスタインと親しい交友関係にあったことは明らかだ。
 19年7月、エプスタインは未成年者に対する性的人身売買容疑で再逮捕・起訴されたが、翌月、拘置所の独房内で首つり状態で死亡しているのが発見された。
 ニューヨーク市検視局は「自殺」と断定したが、一部の法医学者が首の骨の折れ方から他殺の可能性を示唆したため、有力者に「口封じされた」のでは――との陰謀説がソーシャルメディアで拡散された。

公開の約束を反故に


 今、注目されているのは、エプスタインが脅迫手段として隠し持っていたとされる「顧客リスト」の存在の有無だ。
 24年の大統領選中、トランプはエプスタイン事件に関するFBIの捜査資料をすべて公表すると約束していた。ところが当選後はその約束を撤回。さらには、事件と自身への疑惑から衆目をそらすために「エプスタイン事件は民主党の茶番」と息巻いたり、「オバマとバイデンによるでっち上げだ」などと根も葉もない主張をするようになった。トランプお得意の陽動作戦だ。
 だが、これに猛反発したのが保守派やMAGA(米国を再び偉大に)運動支持者たち。証拠隠滅ではないかとの批判が噴出している。
 トランプの言葉を信じてエプスタイン事件の真相と「闇の政府」の陰謀が明らかにされることを期待していたのだから無理もない。MAGA運動の象徴的存在であるマージョリー・テイラー・グリーンなど一部の共和党議員からも、事件の資料の完全公開を求める声が上がっている。
 司法省と連邦捜査局(FBI)は沈静化を狙って「顧客リスト」は存在しないと断定したが逆効果。岩盤といわれる熱烈なトランプ支持層に亀裂が走り、トランプは守勢に立たされている。

政財界有力者の罪は


 2000年代初頭までトランプとエプスタインと極めて親しい仲だったことは間違いない。それを裏付ける写真や証言も数多く残っている。
 02年のメディア取材には「俺とジェフ(エプスタイン)は15年の付き合いだ。素晴らしい奴だ。俺と同じぐらい美しい女性が好きで、しかも若いのが多い」と語っている。
 ところがエプスタインが逮捕されると、「俺はあの島には行ったことがない。あの男となんら関係がない」と親交を一転否定している。
だが疑惑は深まるばかりだ。
 下院監視説明責任委員会の民主党議員は9月8日、エプスタイン元被告の遺産管理者が提出した非公開資料の一部として、03年にトランプがエプスタインの50歳の誕生日に送ったとされる手紙を公開した。
 手紙には、裸の女性の輪郭に囲まれたタイプ打ちの文章が含まれ、最後の行には「友達とは素晴らしいものだ。誕生日おめでとう。そして毎日がまた新たな素晴らしい秘密であるように」と記されている。文書の下部には署名があり、CNNなどの報道では過去のトランプの署名と酷似しているという。
 トランプは、手紙は「偽物だ」「捏造だ」「名誉毀損だ」といった強い言葉で自身の関与を一貫して否定している。
 その最中、英国の対米外交の中心役だったピーター・マンデルソン駐米大使が9月11日、エプスタイン元被告との過去の密接な関係を理由に解任された。
 だが、このおぞましい事件の全貌はいまだに解明されないままだ。
 エプスタインは数億㌦といわれる資産をどのようにして築いたのか。どれほど多くの政財界の有力者たちが今や悪名高き「ペドフィリア(小児性愛)島」に群がり、罪と知りながら少女への性的虐待を繰り返してきたのか――。
 死者が残したとされる秘密の「顧客リスト」は、アメリカの政局の新たな火種ともなりつつある。