サラリーマン家庭で育ち、建築業界とは何のゆかりもなかったのですが、近所の大人たちにかわいがってもらえていたので、
職業の選択を考える時期になり、「いつかこの人たちのお役に立てるような仕事を」という思いがぼんやりあって、建築系だったらそれができるのではと専門学校に進んだのが発端ですね。
建築業界ってすごく幅広いので、学生の時にはどの会社に入るとどんな仕事ができるのか、はっきりとはわかりません。それもあって最初に就職したのは地元のサブゼネコン的建築会社。当時は就職氷河期で、建設業界にも景気悪化が2、3年遅れで到来し、低賃金かつ長時間労働だったのに給料が一律カットとなり、入社時より下がったんです。「役員はともかく、この会社は僕らまで下げるんだ」と憤慨したのが起業を志すきかっけになりました。
そして「自分はコンクリートの大きな建築物ではなく、顔の見える相手の〝おうち〟をつくる仕事に就きたかったはずだ」と気付き、住宅会社に転職したのですが、急成長していたその会社は数字第一主義的な体質で、「お客さまのためになることができていない」と感じるようになっていくんです。
それでも住宅づくりの知識や経験、職人さんの人脈などを得ていき、リフォームの仕事をしていた先輩の下で修業もさせてもらうなど独立に向けて動き出し、「CSホームズ」を設立したのが29歳の時。Cはコンフォート(快適性)、Sはサティスファクション(満足感)です。
オフィス近くの高針小学校は母校。自分の地元で、地域の人々のための仕事がしたいという思いで起業し、いまもそういう思いで仕事をしています。
しかし独立当初は仕事をこなすのに精いっぱいで、忙しいから人を入れるを繰り返すうちに、無秩序で組織としてまとまらない状態になっていきました。なんとかしたいと思っていたとき、同友会会員の方の店舗を改装する機会があったんです。
その方が問い掛けてきました。「中川君、あんたの会社、儲かっているかね?」「わかりません」、「あんたは、そしてあんたの会社は5年後10年後、どうなっているの?」「わかりません」、「そりゃあ、経営の勉強をちゃんとせないかん」と同友会を紹介していただき、例会に行ってみると、同世代の経営者がしっかりした考えを持ち、しっかりした会社をつくり、高い次元の話をしていて、即決で入会しました。
同友会で社員との関わり方、理念の作り方・伝え方などを教わり、指針作りに取り組んで、会社が変わり始めるまでに10年くらいを要し、ようやく5年ほど前から今のような会社に。そこでお客さまとの関わりをどうつくっていきたいのかを社員と話し合い、確認し合いながらつくったコンセプトが「未来をデザインする家づくり」です。それをもじって「ミライエ」を自社ブランド名としました。
お客さまが私たちの作る家に住んで、将来どうなっていくのか。年を取ってから負担の少ない未来をデザインしていこう―という思いとともに、社員に向けて、自分たちが将来どういう仕事をしていたいのか、どういう人間になっていきたいのか、どういう会社をつくっていきたいのか、一緒にデザインしていこうよ――というメッセージも併せたコンセプトです。
社員には僕が経験したような思いをしてほしくない。やりがいを持って働ける会社にしたい。お客さまに選ばれる会社になって、お客さまのためになる家づくりがしたい。その両方で頑張っているところです。
























