現在の日本政府が発表する潜在成長率は、最大概念ではなく、平均概念の潜在GDPに基づいている。つまりは、「日本経済の潜在的な生産能力」ではなく、過去の平均の生産(GDP)に過ぎないのだ。逆に言えば、現在の日本の潜在成長率は、「日本経済は労働力や資本がフル稼働した際の国内総生産」を全く意味していないものの、「過去の日本経済がどのように生産力を増やしたのか?」という実績は示してくれていることになる。
妙な表現だが、平均概念の潜在GDPの思わぬ恩恵だ。内閣府などが公表する潜在GDPの構成要素を見ると、「何」が日本経済を成長「させたのか?」(あるいは「させなかったのか?」)が一目瞭然となるのである。
グラフの通り、日本の潜在GDPは、バブル崩壊までは、①労働投入量②資本投入量③全要素生産性の3つがバランス良く増加し、成長していた。もっとも、寄与度が高かったのは資本投入量と全要素生産性であり、労働投入量の影響はもともと小さかった。それどころか、バブル崩壊以降に労働投入はマイナスに転じた。とはいえ、資本投入と生産性向上により日本経済は成長を続けたのである。
この時点で、「移民(労働者)を増やさなければ経済成長できない」が、真っ赤な嘘であることが分かる。1991年以降、ほぼ一貫して日本の労働投入量はマイナス状況が続いている。それにもかかわらず、GDPは増え続けた。理由は、資本投入量と全要素生産性がプラスを維持したためだ。
経済成長は「労働投入量」と「資本投入量」と「全要素生産性」の合計で決まる。労働投入がマイナスであったとしても、それ以外がプラスであれば、経済は成長するのである。定義がそうなっている以上、誰も否定できない。
もっとも、リーマンショック以降の日本は、資本投入量までもがマイナスに陥ってしまった。つまりは、「労働投入量と資本投入量が共に減少した」のである。それにもかかわらず、潜在成長率はマイナスに落ち込むことはなかった。理由は、全要素生産性がプラスだったためだ。
無論、資本投入量の減少が継続すると、さすがに全要素生産性もマイナスに転じる可能性はある。投資が減少している国において、生産性が上昇するなどありえない。
とはいえ、2014年以降、日本の資本投入量は若干のプラスに転じた。同時に全要素生産性は「常に」プラスを維持し続け、労働投入量のマイナスをカバーし続けたのである。
これは決定的な「記録」だ。労働投入量がマイナスになったとしても、投資や生産性向上により経済は成長する。日本の「過去」がそれを証明しているのだ。要するに、労働投入量が今後、延々とマイナスを続けたとしても、資本投入による生産性向上が経済を成長させることを、日本の実績が証明しているのである。
よくよく考えてみれば、当たり前だろう。ツルハシとスコップを持つ労働者が2人で土木作業をしていた。労働者のうち、1人が辞めてしまい、同時にブルドーザーという資本が投入された。労働者は半分になったわけだが、生産される土木サービスはブルドーザー導入により、2倍どころでは済まないだろう。土木サービスの機械化により、生産されるサービス量は数十倍、数百倍に跳ね上がる。
ところが、多くの者が生産量は「労働量」で決まると誤解している。結果的に、移民受入論が正当性を帯びてしまうのだ。
落ち着いて考えてみれば、誰にでも理解できるはずだ。生産量は労働量では決まらない。資本投入(投資)と生産性によって決定されるのだ。
つまりは、「日本は人口が減少する。経済成長のために移民を入れなければならない」というレトリックは成立しないことになる。むしろ、移民で人手不足が埋まってしまった場合、生産性向上の投資が抑制され、経済成長率が低迷する可能性が高い。
ちなみに、かつての西ドイツは1955年までは日本並みの10%近い経済成長率を維持していた。55年に移民を受け入れ始めると、経済成長率は低下していった。人手不足を投資ではなく移民で埋めた以上、当然の結果なのである。
























