今、『チ。』という漫画が人気を集めています。この漫画は中世ヨーロッパで地動説を唱える人々が「異端思想」として徹底的に弾圧され拷問され死刑に処される危機に曝されながら、それでも誠実に情熱的に真実を追い求める姿を描いたものです。
この漫画が今人気を博しているのは、現代は「ホントの事」を言えば抑圧される一方、ホントかウソかをいちいち考えることをやめ、世間の「空気」に従った言動を続けていれば楽に生きていけるという実に理不尽な世の中だという気分が、幅広く共有されているからに他なりません。
しかしそんな中でも一部の人々は世間の空気に抗い「ホントの事」を探し求めます。そして彼らがたどり着いた〈真実〉を、人々のために伝えんとする努力を重ねます。しかし「空気」にかまけて生き続ける人々にとって、〈真実〉を語らんとする人々は単なる非常識な得体の知れない変わり者であり、世間の調和を乱す邪魔者なわけで、したがって多かれ少なかれ排除・抑圧の対象となってしまいます。
無論、真実を追い求める人々の中には排除・抑圧に屈する人も出て、発言をやめてしまうことになります。しかしその「発言者」が誠実であればあるほどに、発言せんとする努力を加速させます。無論、その発言姿勢が積極的なものであればあるほど、世間からの排除・抑圧は苛烈なものとなり、地位や名誉を、時に命をすら失うリスクにさらされることになります。
漫画『チ。』は天動説から地動説へというコペルニクス的転回に命がけで戦った中世における誠実なる人々を描いているわけですが、こうした構図は中世期どころか古代から繰り返されてきているのです。
そしてこの構図の存在を万人に知らしめるものとして登場したのが、「哲学」なのです。
それを端的に示したものこそ、おそらくは世界的普遍的に知られる人類史上最も有名な比喩である「洞窟の比喩」です。この比喩はプラトンが語った次のようなものです。
―― 人々は長い洞窟の先端部分に鎖で繋がれている。彼らは生まれた時から同じ場所に座らされ頭を固定されており、正面の壁しか見られない。その壁にはさまざまなものの「影」が映し出されるのだが、それは人々の後ろにあるたき火と彼らの間を通るさまざまな物の影である。ただし、彼らはたき火の存在に気付いておらず、見ることができるのは影だけ。だから、その影こそが「実際の実物」であると信じ込んでいる。
そんな中、ある人物が鎖から解き放たれる。彼は瞬時にこれまで見てきたものが「影」に過ぎぬことを、そしてたき火の先に洞窟が延々と続いていることを理解する。そして彼はその洞窟を歩いていく。すると最終的に外界にたどり着く。そこには空があり、大地があり、太陽も星もある。彼の精神は大きな感動に包まれる。
ただし彼はそこでしばらく時間を過ごした後にまた、彼の生まれ故郷である洞窟の先端に戻っていく。そして彼は家族、知人、友人達に彼が見たことを必死で伝えようとする。しかし人々は全く理解しない。むしろ彼を非常識な常軌を逸した人物扱いして排除し、揚げ句に迫害し出す――。
プラトンは以上を語り終わった上で、その洞窟の民こそがわれわれ人間であり、われわれが認識しているものは単なる虚像に過ぎず、その裏側に「真実」(プラトンはそれをイデアと呼びました)が存在しているのだと語ります。そしてその真実を知る鎖から解き放たれた人物こそが「哲人」(哲学者)であり、われわれはそれを目指さねばならぬと語ります。
この比喩はまさに真実は得てして世間で隠蔽されており、その真実が理解できる人物は一部に限られており、だからこそその真実を語る人々が抑圧され迫害されるものであることを示しています。
しかし、そんな〝真実を理解すること〟がいかに人類にとって重要で貴重であるかも同時に暗示しています。例えばもし、その洞窟が大雨による洪水で水没するような危機があったとすれば、その危機から人々を救い出すことができるのは、真実を知る哲人だけだからです。
私たちの社会は大小さまざまな「洞窟」で満ち満ちており、至るところで真実を語らんとする人への大なり小なりの排除、迫害が日々繰り返されています。ただしその排除、迫害が勝利すればするほどに私たちの社会は各種危機を逃れることが不能となり、人々の不幸が激しく加速していきます。
理不尽この上ない話ですが、この比喩は世界中の真実を語らんとする人々を勇気づけてきました。どれだけ排除、迫害されようが、人々を救い出すことができるのは真実を知る者だけだということが示されているからです。
無論、何が真実かなど神様でもなければ誰にも分かりません。しかし、われわれ人間は〈真実〉を「追い求める」ことができるのです。この洞窟の比喩はそんな真実の探求者に大きな勇気を与えるのです。
ぜひ皆さんもこのソクラテス/プラトン哲学を胸に、空気にかまけず日常のあらゆる局面で小さな「真実」を臆せず考え追い求める小さな勇気をお持ちいただきたい――と思います。なぜなら、皆がそうすれば、日本は今よりもずっとずっと生きやすい国になるはずだから、です。























